スガ シカオとSMAPに詰まっている1990年代の空気ーー矢野利裕『フリー・ソウル・スガ シカオ』評

 1995年にインディーデビューし、1997年にメジャーデビューしたスガ シカオには、1990年代の空気が詰まっている。ここで言う1990年代の空気とはなにか。それは、フリー・ソウルに他ならない。「フリー・ソウル」の説明は、どのくらい必要だろうか。選曲家として知られる橋本徹(SUBURBIA)氏が提唱した新しいジャンルだとひとまずは説明できるが、それ以上に、古今東西の音楽をクラブミュージック以降の感覚で捉え返すというムーブメントをともなっていることが重要だ。「フリー・ソウル」というネームは橋本氏が1994年に始めたDJパーティー名が由来となっているが、クラブイベントやコンピレーションCDを通じて、新しい視点で音楽の魅力を再発見していくことこそ、フリー・ソウルのダイナミズムである。(参考:『フリー・ソウル・スガ シカオ』監修・選曲者の橋本徹(SUBURBIA) へのロング・インタビューはこちら

スガ シカオ『フリー・ソウル・スガ シカオ』

 スガ シカオがフリー・ソウル的だというのは、彼の音楽がクラブミュージック以降の感覚に貫かれている、ということである。それは、メジャーデビュー曲「黄金の月」を聴けばすぐにわかる。基本的には、さわやかなアコースティックギターと切ないメロディが印象的な曲と言えるが、一方で、打ち込みのビートとワウギターに支えられてもいる。同時代のIncognitoやThe Brand New Heaviesらアシッドジャズ勢の影響もあるだろう、1970年代のソウルのフィーリングを見事にアップデートしている。過去のサウンドを新しいものとして提示すること。このような運動こそ、「フリー・ソウル」と呼ぶにふさわしい。スガ シカオの音楽は、当時フリー・ソウルとして再発見された多くの過去の楽曲と同じように、新しさと懐かしさの両方を持つものである。

 そんなスガ シカオの存在を知らしめたのが、作詞を手がけたSMAP「夜空ノムコウ」(1998年)だという事実は、時代的な必然と言いたくなる。SMAPの音楽にもまた、1990年代の空気が詰まっている。すなわち、フリー・ソウルの空気が。ニュージャックスウィング調のビートが鮮烈な「がんばりましょう」(1994年)のサビが、フリー・ソウルとして再評価されたNiteflyte「You Are」(1980年)という曲の引用をしていることはよく知られている。SMAPの音楽もまた、過去のサウンドを新しいものとして提示するものとしてあった。De La Soulが「A Roller Skating Jam Named “Saturdays”」でChicago「Saturday In The Park」をサンプリングしたのが1991年。そのような時代的背景のなかで、SMAP「しようよ」(1995年)のイントロのエレピは、まるで「Saturday In The Park」のようである。そして、スガ シカオ「June」(2004年)でも、「Saturday In The Park」のようにエレピが鳴らされている。

 個人的に、スガ シカオの音楽は、クラビネットやローズなどのエレピに特徴づけられていると思っている。スティーヴィー・ワンダーやダニー・ハサウェイ、マーヴィン・ゲイ、Sly & The Family Stoneといった、ニューソウルやファンクを強く意識して取り入れられたエレピが、スガ シカオの曲をこのうえなくソウルフルにしている。連想するのは、「夜空ノムコウ」も収録された『SMAP 012 VIVA AMIGOS!』(1998年)に入っている「Trouble」という曲。急遽DJを頼まれた男がクラブでソウルミュージックをプレイするという、それ自体フリー・ソウルのことを歌ったような曲なのだが、特筆すべきは、トラックがダニー・ハサウェイ版「What’s Going On」のエレピをサンプリングしてループさせたものだということである。必然、このメロウで切ないトラックが、スガ シカオの音楽との同時代性を感じさせる。

 このように、CDが売れまくった1990年代後半のJポップシーンのなかで、クラブミュージック的な方法論を明確に意識することで、新しさと懐かしさを同時に獲得したのがスガ シカオとSMAPだった。そして、その交点に位置するのが「夜空ノムコウ」という名曲である。だとすれば、『フリー・ソウル・スガ シカオ』に収められたスガ シカオによる「夜空ノムコウ」のライブカバーで、クラブミュージック以降のメロウ・クラシックである、ビル・ウィザースが歌うグローヴァー・ワシントン・Jr.「Just The Two Of Us」を引用したことの意味はきわめて大きい。スガ シカオは、他ならぬフリー・ソウルとして「夜空ノムコウ」を捉えているのだ。

 サウンドは、場所を越えて、過去も未来も越えて響き合う。フリー・ソウルのムーブメントは、過去のなかに新しさを見つけ、新しさのなかに懐かしさを見つけた。進むべき未来のさきには、なにかが決定的に失われてしまったという痛みもある。スガ シカオとSMAPの歌世界にも、そのような痛みの感覚がある。〈あれからぼくたちは何かを信じてこれたかなぁ…/夜空のむこうには明日がもう待っている〉とは、なんと痛切な未来を歌っていることか。しかし、それこそが、スガ シカオが吸い込んだ1990年代の空気だったのだろう。

■矢野利裕(やの・としひろ)
1983年、東京都生まれ。批評家、ライター、DJ、イラスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。2014年「自分ならざる者を精一杯に生きる――町田康論」で第57回群像新人文学賞評論部門優秀作受賞。近著に『SMAPは終わらない 国民的グループが乗り越える「社会のしがらみ」 』(垣内出版)、『ジャニーズと日本』(講談社現代新書)、共著に、大谷能生・速水健朗・矢野利裕『ジャニ研!』(原書房)、宇佐美毅・千田洋幸編『村上春樹と一九九〇年代』(おうふう)など。

■商品情報
『フリー・ソウル・スガ シカオ』
11月28日(水)発売
2CD:¥2,980(税抜)

DISC 1
1. 黄金の月
2. 光の川
3. June
4. 8月のセレナーデ
5. 愛について
6. グッド・バイ
7. 夕立ち
8. Progress / kokua
9. ホームにて
10. 夏祭り
11. ひとりごと
12. サナギ  ~theme from xxxHOLiC the movie~
13. カラッポ
14. 前人未到のハイジャンプ
15. オバケエントツ
16. 夜空ノムコウ (Live)
17. 夏陰 ~なつかげ~

DISC 2 
1. 夜明けまえ (Live)
2. 海賊と黒い海
3. 青空
4. SPIRIT
5. ストーリー
6. 1/3000ピース
7. ぬれた靴
8. サヨナラ
9. 秘密
10. AFFAIR
11. たとえば朝のバス停で
12. 木曜日、見舞いにいく
13. ココニイルコト
14. ふたりのかげ
15. 月とナイフ
16. アーケード
17. 愛について (Live)
18. 黄金の月 (Live)

コラムPick Up!

もっとみる

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「アーティスト分析」の最新記事

もっとみる

映画部Pick Up!