向井太一×mabanua「Haters」対談 “表現者”として負の感情をポジティブに変える

向井太一×mabanua対談

 シンガーソングライターの向井太一が、2ndフルアルバム『PURE』をリリースした。

 前作『BLUE』からおよそ1年ぶりとなる本作も、朋友CELSIOR COUPEをはじめ、蔦谷好位置やShingo.S、高橋海(LUCKY TAPE)ら気鋭のプロデューサーを多数起用。カッティングエッジなトラックを構築しつつも歌にフォーカスした“ボーカルアルバム”で、今年26歳を迎えた彼の、実体験を基にした等身大の歌詞が歌われている。この1年の間、ライブやフェスなどへ積極的に参加し、オーディエンスとの交流を深めてきた向井太一の、真摯な思いが結実したまさにタイトル通り「ピュア」な内容に仕上がっている。

 そこで今回は、本作のプロデューサーの一人であるマルチプレイヤー・mabanuaとの対談を企画。二人のコラボ曲「Haters」を題材に、制作秘話はもちろん、歌詞のテーマでもある「昨今広がるSNS上の問題について」など、ざっくばらんに語り合ってもらった。(黒田隆憲)【インタビュー最後にプレゼント情報あり】

二人を繋ぐ“2000年前後の日本のポップスのバランス感”

──お二人の交流はどのように始まったのですか?

向井太一

向井:僕がただ一方的に好きで聴いていたんです。最初は確か「him feat. Tamala」( mabanuaの1stアルバム『done already』)を街中で聴いて、すぐShazamしたんです。「え、日本人?」って驚いて(笑)、それですぐアルバムを探して聴いたのがきっかけですね。あの頃のmabanuaさんは、今よりももっとヒップホップ寄りでしたよね? 新しいアルバム『Blurred』もたくさん聴いています。

mabanua:ありがとうございます(笑)。

向井:美声を堪能しています(笑)。最近、元々はシンガーじゃない方が歌ってるアルバムに、いい作品がたくさんありますよね。この間もWONKの荒田(洸)くんがソロを出してて、それも良くて。ヤバイなあっていう……(笑)。

mabanua

mabanua:僕は最初、太一くんのことを存じ上げなくて。周りの連中に「いいシンガーがいるよ」って教えてもらって聴いたら、歌が上手いうえにカッコいいじゃないですか。男が見てても非の打ち所がないというか。「隙がないな、この人は」と思いましたね(笑)。その頃って今よりも女性シンガーの方が元気があって、男性シンガーが元気ないなって感じだったんですよ。海外でもThe Weekndとかが盛り上がる前で。そこで太一くんが出てきたから、「これだよこれ!」ってOvallのメンバーと話していました。

向井:光栄です。ありがとうございます。

──向井さんの1stアルバム『BLUE』では、「空 feat. SALU」と「眠らない街」の2曲をmabanuaさんがアレンジしていますね。

向井太一 / 空 feat. SALU (Official Music Video)

向井:デモが出来上がってアレンジャーの方を探していた時、すでにmabanuaさんは色んな方のプロデュースをされていて。その楽曲を色々聴いてみたら、めちゃくちゃかっこよくて。音楽的に感度が高い人にも響く要素を、ポップミュージックに落とし込むという、僕がやりたかったことを理想的な形でやっているなと思ったんです。それで、是非ともご一緒したいと思ってオファーしました。

mabanua:嬉しいな。太一くんのいう通りで、僕はマニアック過ぎるのも嫌だし、ただポップなだけでも嫌なんですよ。両方バランスよく混じり合っている音楽が、聴くにも作るにもいいなと思っていて。僕は太一くんより少し世代は上ですが、宇多田ヒカルさんやCHARAさんが出てきた2000年前後の日本のポップスがお手本。今聴くとすごく良いんですよ。ACOさんとか。

向井:めっちゃ分かります! ACOさん最高ですよね。当時、兄が好きでよく一緒に聴いてました。最近のACOさんも良いんですよ。生音でダウナーなことをやっていて。『LUCK』(2012年)が出た時に、「今までと違うけど、これもかっこいい!」と思ったんですよね。すみません、脱線しちゃいました(笑)。

mabanua:いえいえ(笑)。そう、2000年前後の日本のポップスのバランス感が、今の自分にはしっくりくる。太一くんのような、メジャーで活躍している人からオファーが来た時には、あの空気感を意識して作っていますね。Ovallや、自分のソロは、もう少しやりたいようにやっていますが。

──実際にレコーディングしてみてどうでしたか?

mabanua:飲み込みもやたら早いんですよ。例えば、太一くんからもらったデモをアレンジしながら「こういう感じに歌ってほしいな」みたいなイメージが浮かんで。それを共有しようとすると、シンガーの中にはなかなか理解できない人も結構いて。むしろ、その方が多いのかもしれない。でも太一くんは一発で分かるんですよね。特に細かく注文する必要がなくて、本当に助かりました。

向井:僕、中学生くらいまではほとんどブラックミュージックしか知らなくて。日本人も、それこそJ-R&BとかだとDOUBLEさんやFull Of Harmonyさんなどを聴いていて、ほぼロックを知らなかったんです。そういうところが、もしかしたら感性的にmabanuaさんと近いのかなと。おこがましい言い方ですけど(笑)。

mabanua:おこがましくないよ。でも、確かにそれは意外だね。あと、太一くんは見た目とは裏腹に、すごく気さくでフランクなんですよ。最初、「シンガーでモデルもやっていて……」と聞いていたので、ちょっと取っつきにくい人なのかなと思ってたんですね、勝手に(笑)。よく、控え室でふんぞり返ってるモデルとかも見てきたので。

向井:(顔をしかめて)分かります。いますよね、そういう人たち(笑)。

mabanua:でも太一くんは、もちろんそんなところ全然なくて、すごく話しやすかった。でも、作業になるとガッと集中するというタイプ。

向井:僕、高校卒業してすぐ上京して、ずっと洋服屋さんで接客業をしていたので「下っ端気質」が今も抜けないんですよ(笑)。しかも、初対面の人とすぐ打ち解けるコツみたいなものを、その時に学んだのかもしれない。とはいえ僕も、mabanuaさんが怖い人だったらどうしようと思って、最初は緊張してたんですよ。

mabanua:そうだったんだ。結構いろんな人にそう言われるのだけど良くないよね(笑)。そろそろ年齢的にも中堅になってきてるから、近寄りがたい雰囲気を出して後輩ミュージシャンに怖がられないよう気をつけなきゃ。先輩とも後輩とも、もっともっとたくさん一緒に演奏したいしね。前はInstagramとかも、あまり素を出さないようにしていたんですけど、友人のU-zhaanから「mabanuaくんは別にイケメンとかじゃないんだからさ、面白いことやらないとフォロー外されちゃうよ」とか言われて。

向井:そうそう、そういう姿を拝見してからは「楽しい人だなあ」って思うようになりました(笑)。

負の感情をユーモアで昇華した「Haters」

──さて、本作『PURE』は、前作から1年ぶりのアルバムになりますが、どんなコンセプトで作ったアルバムですか?

向井:2016年にリリースしたEP『24』の時は、どちらかというとトラック面でオントレンドな音楽を、どちらかというと分かりやすくコーティングしていたんです。でも、色々とライブ活動をしていくうちに、少しずつファンの方が増えてきて、自分が何をしたいのか、立ち位置のようなものが、『BLUE』くらいから定まってきたんですね。ちょうど同世代のミュージシャンもたくさん出てきた頃だったから、自分がどういう位置で、どんなことを発信したいのかをすごく考えるようになって。今は、「誰かに対して歌っている」という意識がすごく強くなって。実際にファンの皆さんから、手紙やSNSを通して、いろんなメッセージを下さるんですよ。「向井さんの曲を聴いて励まされました」とか。しかも、僕が意図してない曲でもそう言ってもらうこともあるんですね。特に、mabanuaさんと作った「空」の反響が多くて。

mabanua:そうだったんだ。

向井:今作を『PURE』というタイトルにしたのは、歌い手として表現者として純粋に伝えたいと思ったからなんです。

──mabanuaさんは「Haters」という曲でアレンジを担当していますね。

向井太一「Haters」

mabanua:これ、歌詞はどうやってできたの?

向井:基本的に僕、人のことあまり嫌いにならないんですけど、前に自分の音楽を攻撃してきた奴がいて。「こいつだけは許さねえ」って思ったんです(笑)。その時のことを糧に「絶対、売れてやる」って。

mabanua:嫌いな人、一人しかいないんだ。

向井:(笑)。この曲は、その相手に対して歩み寄っているような書き方をしてますけど、どちらかというと「お前の手の届かない場所まで行って、そこから見下ろしてやる」っていう気持ちが強いんですよね(笑)。そういう気持ちも、ある意味ではPUREな感情なのかなと。

──完全な怒りに任せているのではなく、ちょっとユーモアがあるのもいいですよね。HATEに対してHATEで対峙するのではなくて、LOVEで相殺している感じがします。

向井:まさにそうですね。ボーカルのフロウも今までとはちょっと違う感じにして。ライブではお客さんとも楽しめるような、絶妙なバランスでできた曲です。

mabanua:確かに、今までにない太一くんらしさがあってびっくりした。これを聴いて思い出したのはNakamuraEmiさん。彼女も少し前に、SNSのディスりに対するアンサーソングを出していて。この前も、とあるアーティストのライブに行ったら「最近の匿名のディスりに私は負けない」みたいな感じで曲が始まることがあって。結構、みんなそういうものに対してちょっと言いたい気持ちが溢れているのかもしれないですね。

向井:良くも悪くもみんなが声を発信できるようになりましたからね。HATERの中には、わざわざ別垢を作って攻撃してくる奴もいるんですよ。どこからそんな労力が出てくるんだろうって思う(笑)。でも、そんなのいちいち気にしてても意味がないというか。人間って、100人の賞賛よりも1人の酷評の方を気にしてしまいがちですし、僕も一時期それで落ち込んでいた時期があったんですけど、音楽をやっている時の圧倒的なプラスの感情が打ち消してくれたし、さっきの話じゃないけどHATEに対してHATEで返すのは時間の無駄だなって。

──同じ土俵に乗ってしまうバカバカしさもありますよね。話は「Haters」に戻るんですが、アレンジはどのように行ないましたか?

mabanua:攻撃的な部分は残しつつ、ちょっとポジティブな要素も混ぜたいなと。マニアックな話になっちゃうんですけど、今回は低音をあまり削らないで欲しいということをエンジニアさんにはずっとリクエストしていて。低音を削るとライトなサウンドになって、結果ポップにもなるんですけど、今回は低音をグッと出すことでドスの効いた「HATER感」を表現していますね。そういう意味では、今回は歌詞を先にもらっていたのは良かったのかもしれない。歌詞の内容に合わせてアレンジの方向性を決められたから。

──なるほど。

mabanua:普通は歌詞が最後に上がってくるので、トラックを作っている時にはメロディだけの状態ということが多いんですよ。そうすると最終的にボーカルが乗った時、「ああ、そういう歌詞だったらあのフレーズはああしておけば良かったな……」とか思っちゃうこともあるんです(笑)。そういう場合は、ミックスで辻褄を合わせたりするんですけど、今回はそういう意味でやりやすかったですね。

──曲の後半でガラッと雰囲気が変わるのは、向井さんのアイデア?

向井:はい、デモの段階で考えていました。ああいうアウトロ的なセクションのある曲が結構好きなんですよ。僕、いつも映像を思い浮かべながら曲を作るんですけど、あのセクションは僕がめっちゃ笑顔で、その嫌いな奴をジリジリ追い詰めている映像が浮かんでいました(笑)。そういう風に、自分の負の感情をユーモアで昇華できるようになったのは、ちょっと嬉しかったですね。

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