ビヨンセ、なぜ“女性の憧れ”として輝き続ける? 青山テルマ、BENIら選ぶベストソングと共に紐解く

ビヨンセ、ディーバとしての軌跡を紐解く

 一転、冒頭で触れた『Lemonade』は、夫であるジェイ・Zの不貞をきっかけとして、自身に巻き起こった動揺とそこからの回復を描く、きわめてパーソナルな作品だった。とはいえ、作品中で繰り返される、世の女性へ向けた力強いメッセージは、2010年代のビヨンセのモードを変わらず引き継いでいた。むしろ、そのラディカルさは一歩先へ進んだと言えるかもしれない。〈中指を立てて高く掲げよう/彼の目の前で手を振ってみせて、『ボーイ、これでお別れ』って言ってやるの/私はあなたのことなんか考えてもいないって〉と決別の言葉を並べる「Sorry」は痛快そのもの。しかしながら、揺れ動く気持ちの中でパートナーへの愛を再確認し、共に新たな愛を築き直そうと歩みはじめた後で、〈さあレディたち、隊列(フォーメーション)を組むときだ〉と改めてアクションを促す「Formation」も、別種の力強さをまとっている。

Beyoncé - Formation

 対するジェイ・Zは、『Lemonade』での不貞の告発を受けて、2017年リリースのソロ作『4:44』で家族への愛とパートナーへの贖罪を思わせる、こちらもまたパーソナルな表現を展開した。夫婦の関係をめぐるゴシップ的な話題でメディアの注目を集めつつも、内省を通じたアメリカ社会へのコメンタリーでもある『4:44』は、批評的にも売上としても成功を収めた。

JAY-Z - The Story of O.J.

 そして、2018年6月、ジェイ・Zとのツアー中にサプライズリリースされたのが、ジェイ・Zとビヨンセが自分たちのファミリーネームを冠した、The Carters『EVERYTHING IS LOVE』だ。告発(『Lemonade』)、贖罪(『4:44』)を経たカーター夫妻はこのアルバムで、和解と再出発を誓う。 

 困難を乗り越えて、これまで以上に強い愛で結ばれる夫婦の姿を情熱的に歌った冒頭の「SUMMER」は、その宣言と言うべき一曲。甘美な描写のコーラスに続くアウトロはとりわけ印象的だ――〈愛は普遍だ/愛は、互いへの赦しと思いやりというかたちをとって、自らの姿を現す〉。自分たちの歩みを振り返りながら、いまこの瞬間の幸福を歌い上げるラストの「LOVEHAPPY」も同様。まさに、「すべては愛だ」というタイトルどおりの、夫婦の、そして家族の愛を描く作品といえる。

 しかし、『EVERYTHING IS LOVE』を、カーター夫妻の大団円と片付けてしまうのはもったいない。濃密な愛を語る一方で、危機を経て再び結ばれたカーター夫妻による、「戦線拡大」を匂わせるフシがあるからだ。エンターテイナーとしてこれ以上ない成功を収めている彼らの次の戦いはどこに及ぶのか。それは、ルーブル美術館で撮影された「APESHIT」のMVに見て取れる。

APES**T - THE CARTERS

 それはまるで、ポップカルチャーを制覇したカーター夫妻が、ヨーロッパを中心に白人たちによって築かれてきた、ファインアートの領域へ殴り込みをかけているかのようだ。なにしろ、世界でもっとも古い美術館に数えられるルーブルは、その最大の象徴なのだから。もちろん、自らの富を誇示するヒップホップマナーのボースティングの延長線上にこのビデオがあることは間違いない。しかし、マイノリティとしての黒人、あるいは女性の境遇を描き出してきたカーター夫妻のこれまでを考えると、よりいっそうの深読みをしたくなる。

 たとえマイノリティであっても、経済的な成功を手に入れるなり、闘いへの意志を忘却してしまう人々も数多い。それに対してカーター夫妻は、成功を手にしてなお、人々を鼓舞し、新しい闘いに自ら身を投じているのではないかと思う。その場面でカーター夫妻は、夫婦として、あるいは家族としての結束――すなわち「愛」こそがすべてだと言ってはばからない。『EVERYTHING IS LOVE』は、ひとつの物語のけじめをつけると同時に、次のアクションへと踏み出す一作なのだ。

■imdkm
ブロガー。1989年生まれ。山形の片隅で音楽について調べたり考えたりするのを趣味とする。
ブログ「ただの風邪。」

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