TAKUROが明かす、“4人の個性”を生かした理由「GLAYの看板を背負う覚悟とタイミング整った」

TAKUROが語る、GLAY4人の“個性”

TAKUROが考える、メンバーそれぞれの個性

HISASHI

――そう、ここ最近のHISASHIさんの存在感の増し方は、ちょっとすごいですよね。

TAKURO:まあ、メンバーのあいだでの認識は、昔からずっと変わらないんですけどね(笑)。あいつはずっと同じ場所にいて、世の中のほうが変わったのかもしれないし。というか、それを世に伝えるスタッフのほうが、どう伝えていいのかわからなかったっていう(笑)。なので、そこは何度も何度も話し合って、HISASHIに煽りも入れつつやってきたところもあって。何か変な誤解をされて、そこで消費されないようにっていうのは、すごく気を使ってきたところではありますね。

――そんなHISASHIさんの楽曲をはじめ、今回のアルバムには、4人のソングライターの個性が、かなり派手やかな形で収められていて……ある意味、すごく振り切ったアルバムになっていますよね。

TAKURO:そうですね。まあ、1曲目が、HISASHIの「シン・ゾンビ」ですから(笑)。そう、今回のアルバムは、亀田さんに「プロデューサーとしての意見を、まず聞かせてください」って言って、20曲なり30曲なり仮歌の入ったデモを最初にお渡して、「今、亀田さんが思う、面白いGLAYを選んでください」って、お願いすることから始めたんですよね。そこで亀田さんにも、ある種の共犯意識を持ってもらったというか。で、亀田さんが選んだ曲に、最終的に俺が手を加えて、全体のバランスを整えるっていうやり方をしたんです。だから、単に4人が曲の割り振りでもって、それぞれの曲を書いたということではないんですよね。結果的に、こういうバランスの一枚になったという。

――HISASHIさんも、ゾンビの歌をTERUさんに歌わせることに、もはや何の躊躇もないですよね。

TAKURO:まあ、TERUは、ロック界でいちばん手間のかからないボーカリストですから(笑)。俺からすると、「その歌詞、疑問に思わないの」とか思いますけど、彼は昔からそういう感じというか、その歌詞は自分のスタイルと違うとか、そういう測り方で物事を見ないんですよね。だから、バンド活動自体は、非常にやりやすいです。

――そうやって、どんな歌詞でも迷うことなく歌い上げられるのが、ボーカリストとしてのTERUさんの凄みという気もしますが。

TAKURO:そうですね。レンジは広いし、声も特徴的ではあるんだけど、いい意味で、癖がないんですよね。今回のアルバムの14曲を通して聴いて、改めて感じました。歌詞の内容を見ると、相当振り幅が広いのに、それを全然違和感なく歌えるっていう。そう、テレビでTERUのモノマネをしている人とかを見ても、やっぱり癖を感じないんですよね。変にしゃくりあげるわけでもなく、ただただ真っ直ぐに歌っているっていう。まあ、そこは、本人のキャラ通りですね(笑)。

JIRO

――(笑)。今回のアルバムでは、HISASHIさんと並んで、JIROさんが書いた曲も、表題曲となった「SUMMERDELICS」をはじめ、かなり強い印象を放っているように思いました。

TAKURO:まあ2人とも、もともと主役になり得る存在なんだけど、それを本人の心が許すかどうか、世の中が許すかどうか、その交通整理なんですよね。もちろん、GLAYっていうのは、何でもありのバンドなんだけど、そこにある種の条件みたいなものがそろわないと、「いい趣味してるね」で終わってしまうというか。「いつものGLAYとは違った魅力だね」っていうのは、多分本人たちが望む褒め言葉ではないと思うんですよね。やっぱりGLAYでなければならないというか、GLAYの新曲として耐え得るものでなければならない。それは、さっきも言ったように、もはや曲の良し悪しとかではないんですよ。作り手の覚悟の問題というか。その覚悟が固まったときに、初めて世の中と寄り添えるんですよね。そういったことは、この『SUMMERDELICS』というアルバムのなかで、すごく意識したところかもしれないです。

――確かに、今回のアルバムに入っているHISASHIさんの楽曲やJIROさんの楽曲は、GLAYのオルタナティブとしてではなく、今のGLAYの王道とも言うべき勢いや迫力を持っているように思いました。

TAKURO:そう、JIROの曲をデモテープで聴くときは、毎回ハッとするんですよね。決して器用なメロディとかではないんだけど、間違いなく今のJIROが表現したいものになっているというか、それはJIROそのものだし、彼にしか作れないものになっているから。そう、JIROっていうのは、GLAYのなかでもまた、すごく面白いポジションなんですよね。今もそうかもしれないけど、ある意味、ボーカルよりも人気のあるベーシストであるっていう(笑)。

――(笑)。

TAKURO:ただ、GLAYのファンの人は、彼のなかにある、音楽に対する不器用なまでの純粋さみたいなものも、ちゃんとわかっていると思うんです。誰しもがこう、共通して考えるロック感というか。それは、俺みたいに器用でもダメだし、TERUはロックとかっていうよりも、もう宇宙だから(笑)。で、HISASHIはもう、HISASHIワールド全開なわけじゃないですか。そういうなかで、GLAYのロック感っていうのは、実はJIROが担っているところもあるんですよね。だからこそ、重要な場面で、JIROの曲が効いてくるところがあって。それは多分、他の3人も感じていることだと思うんですけど。

――なるほど。JIROさんが山中さわおさん(the pillows)、高橋宏貴さん(Scars Borough/ELLEGARDEN)とやっているTHE PREDATORSの活動も、気がつけばもう長いですもんね。

TAKURO:もう、かれこれ10年以上になりますからね。彼が、それを続けることで得たものっていうのは、きっと大きいんじゃないかな。GLAYというバンドにいると、彼がお邪魔したいシーンのなかで、いろいろ大変なとこもあったと思うけど、もはや、そういったシーンでも、ベテランになってきていますから。それが、彼の筋の通し方なんですよね。

TERU

――そう、TERUさんが作詞作曲した「空が青空であるために」も、実にTERUさんらしい曲だなって、改めて思いました。

TAKURO:そうですね。彼が、誰かを幸せにしたいとかって思ったときは、目の前の誰かではなく、ホントにもう、地球上のすべての人たちを幸せにしたいと思っているんですよね(笑)。というか、本当にそう思いながら歌っているんだろうなって感じることが、ライブ中によくあるんですけど、それと同じ感覚で、彼は曲を書いているんだと思うんです。で、さっきも言ったように、GLAYっていうのは、その都度都度、自分のなかの殻を突き破って、「今、これを表現したいんだ」、「これを表現することによって、次のステップに行きたいんだ」って思っているメンバーばかりなので……誰かがそうなったとき、残りのメンバーは、「じゃあ、うまいこと外敵から守ろう」とか、そうやって一致団結するんですよね。自分のロックを表現したいから、お前は引っ込んでろみたいな感じには、絶対ならないんです。それはもう、結成以来一度もないし、やっぱり音楽っていうのは、その人の物語のなかから生まれるもの、その思いの強さから生まれるものだと思っているんですよね。だから、ホント何度も言っているように、それは曲がいいとか悪いとかっていう話じゃないんですよね。GLAYの場合、そこで曲を判断しないっていう。

――それよりも、その曲にどれだけ強い思いが込められているかが大事という。

TAKURO:そう。だから、さっきも言ったように、俺らが「世間」と呼んでいるもの、4人で一緒にスタジオに入って、純粋に「楽しいね」って思えることが、GLAYのすべての原動力なんですよ。メンバー4人が持っている、ある種、高校時代の最後の夏休みのような、あの雰囲気だけは、触れてくれるなっていう。それ以外のことであれば、いろいろ形を変えて、どこにもうまいことフィットするバンドではあると思うけど、俺たちにとっての最後の砦みたいなもの、バンドキッズの持っている衝動みたいなものには、誰も触れてもらいたくないし、そこさえちゃんと守ることができるならば、俺のリーダーとしての役目は、もう十分に果たせていると思うんですよね。

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