ナカコー、なぜ「ストリーミングオンリープロジェクト」始動? 小野島大がその意図を紐解く

ナカコー、ストリーミングのみ新曲配信の意図

 さて、この「プレイリスト」という発表形態が定着すると、「アルバム」という形態自体が旧態依然としたものになり、ひいてはアーティストにとっての創作活動というもの自体の定義や意義、「作品」の根本的な意味などが変わっていく可能性がある。アーティストが「これで完成」と判断した作品がそのアーティストを評価する際の基準となるという、従来のアーティストとリスナーの関係も変化していくかもしれない。ナカコーとしては、このプロジェクトによって何が変わることを期待するのだろうか。

「僕は作品という形のモノは残っていくと思います。プレイリストという形はもっと全体的なというか....うまく説明できませんが、絵描きは絵をたくさん書きますが、我々はその中の一握りの作品が収録された画集を買って絵を見ることができます。その画集が音楽でいえば物体のアルバムのような存在だと思っています。このプロジェクトによって何か変わるというのは、特に今は考えていませんが、作る方と売る方、買う方に時間的な余裕が生まれることは確かです」

 Koji Nakamuraとしての音楽活動は当面の間”Epitaph”に集約されていくようだ。5月上旬には本格スタートが予定される”Epitaph”のプレイリストに、今回の『地図にないルート』の3曲も徐々にリンクしていくという。ナカコー本人も、今後のKoji Nakamuraの作品発表はCDリリースやダウンロード販売ではなく、ストリーミングを舞台としていきたいという希望があるようだ。

 前述の通り、ナカコーはNYANTORA、MUGAMICHIRU、さまざまな他流試合的セッション/ライブ、meltintoの運営、CM音楽の制作、さらにiLLやLAMAなど、実に多面的な活動を展開し、メジャー契約アーティストの域を大きく踏み越えるような自由で大胆な活動を繰り広げている。これらをいずれ「Epitaph」プロジェクトに結びつけていくことを考えているのだろうか。

「結びつけるというのは、それほど意識していないですね。ただ様々な形式で販売できる、発表できるという状況を作る作業には意識的です。僕の活動の根本は『全て知ってもらう必要はない』ですから、様々なアウトプットが必要だと感じています」

 繰り返すが、ナカコーのようなメジャー契約アーティストがそうしたさまざまなアウトプットを持てる例は、以前と比べて増えてきてはいるが、まだまだ珍しい。それはレコード会社とアーティストの力関係が変化し契約の形態が変わってきたことと共に、本人の努力と意識の賜であり、周囲の理解があってのことでもあるだろう。だがいずれ彼のような活動が当たり前になっていくであろうことも、また確かである。

 DAWなど宅録環境の充実で、一人プライベートスタジオにこもって音楽制作に集中する音楽家が増えてきた。そうした作業は「これで完成」「これで十分」という客観的なジャッジを下すことが難しく、作業に際限がなくなり、アルバムを発売日に間に合うよう完成させる、つまり〆切という物理的なリミットがないと、いつまでたっても終わらない、とはよく聞く話だ。作品発表後も更新可能なストリーミング・サービス上の「プレイリスト」という形ならばそうしたジレンマからは解放されるわけだが、その反面、作品を厳しく追い込み突き詰めてきちんと完成させ、完成し一旦発表した作品に対しては最後まで責任を持つ、というアーティストであれば当たり前の覚悟、心構えが損なわれる可能性も、人によっては、ないとは言えないだろう。

 だがナカコーは、ストリーミングのプレイリストであれ通常のアルバムであれ、自分の音楽的欲求を実現するために妥協せずに追い込んでいく姿勢は変わらないとし、「音楽そのものを変えようとは思っていなくて、それよりも、どう発表していくかという見せ方の部分だったり、制作側でどうやって連携をとっていくか、という部分にフィードバックできると思います」(http://lutemedia.com/post/kojinakamura)と述べている。

 作品のあり方と受容のされ方、音楽家とリスナーの関係などさまざまな局面の再定義を迫るかもしれないナカコーの試みに、今後とも注目していきたい。

■小野島大
音楽評論家。 時々DJ。『ミュージック・マガジン』『ロッキング・オン』『ロッキング・オン・ジャパン』『MUSICA』『ナタリー』『週刊SPA』などに執筆。著編書に『ロックがわかる超名盤100』(音楽之友社)、『NEWSWAVEと、その時代』(エイベックス)、『フィッシュマンズ全書』(小学館)『音楽配信はどこに向かう?』(インプレス)など。facebookTwitter

■プレイリスト情報
『Epitaph』
公開場所:Spotify、Apple Music、LINE MUSICほか、オンデマンドストリーミングサービス
予定曲数:10〜20曲程度(随時更新)

先行プレイリスト
『地図にないルート』
公開日:4月26日(水)
公開場所:Spotify、Apple Music、LINE MUSICほか、オンデマンドストリーミングサービス

M1.「地図にないルート」
Words:唯川 恵 Music:Koji Nakamura・森 俊之
Mastered by 益子 樹
※VOLVO 公式コラボレーションソング

M2.「地図にないルート feat.moekashiotsuka」
Words:唯川 恵 Music:Koji Nakamura・森 俊之

M3.「Open Your Eyes 13 Mar.2017」
Music:Koji Nakamura
Produced & Mixed by Madegg

Koji Nakamuraオフィシャルサイト

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