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7thアルバム『Fabula Fibula』インタビュー

BIGMAMA 金井政人が考える、ロックバンドで先に進む方法「どう長く愛されていくか意識する」

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「大事なことはだいたいシェイクスピアに書いてある」

――では後者の部分、「妄想を爆発させる」っていうポイントに関してはどうでしょう? 「ファビュラ・フィビュラ」という曲はアルバムのタイトルにもなり、世界観の中でも大事なものを担うものになった。どういうところから曲のイメージができていったんでしょうか。

金井:先に音楽が仕上がって、これにどういう歌詞を載せたらいいんだろうなっていうときに、世の中にすでにある言葉をつけたくなかったんです。で、僕の中で言葉を発明しようと思って「ファビュラ・フィビュラ」という言葉を当て込んだ。これをどう説得しようか、どうこの言葉を着地させようかを考えて、この街の構想が生まれたんです。曲ごとに一つの街を作って、その中にルールがある。曲について説明しすぎたくないんですけど、自分が持っているイメージの中で曲を楽しんでほしい。この曲が持っている情景を共有したい。それをどう解釈するかは聴く人に委ねたくて。そのためには場所を作ることだな、っていうことがその時点で明確になっていった。

ーーこの曲の場所はどういうイメージだったんですか?

金井:まずサウンドから出てきたテーマは「裏切り」なんですね。「ブルータス、お前もか」っていう有名なセリフがあるじゃないですか。僕はあのときに王の方に「もしこう言ってくれたら」って思ってたことがあって。それが<ブルータス私もだ>。所詮この世は裏切りの連鎖っていうことを歌詞に落とし込んでるんです。そこで終わりじゃないっていう。そういうフレーズを曲の中で言ってみたいっていう欲求から「嘘をついた人は不幸の味の飴を舐めさせられる」という街の話として曲にしたんです。

BIGMAMA “Merry-Go-Round” MV

――曲でいうと、去年の夏に「Merry-Go-Round」が先行公開されている。この曲はどうでしょう? どういう風にできていったんでしょうか。

金井:バンドの歴史からすると、これはさっき言ったような自分たちの誇れるライブのイメージ、アンセム的なの延長線上にある曲ですね。そういう曲も、書きたいし、書かなきゃいけない。で、曲の歌詞を書くモチーフの中で、はじめに決めてたのは<背中の杭が痛いよ>というフレーズです。メリーゴーラウンドの馬が<背中の杭が痛いよ>って言う。ただ最後に<後悔はない>、つまりそっちの「悔い」はないと言って終わる。それを一つの物語として、街のストーリーとして完結させるっていうのが、「Merry-Go-Round」の曲作りですね。

ーー「眠らぬ街のメリーゴーランド」という絵本も金井政人名義で発売されましたよね。これも曲とリンクした物語になっている。

金井:自分の中で、絵本を書くことはMVを作る感覚と似てるんですね。音楽だけにとどまらないものを見せるというか。今回は特に自分の作家性を突き詰めていると思います。生々しい手紙のような歌詞を書いたり、プライベートなことを歌うタイミングもあると思うんですけれど、今回のタームはフルサイズのアルバムで自分を作家だと思いこんで歌詞を書くっていうのが、僕の中で流行と距離をとる方法であったし、自分のバンドとしての一番強い流れを作る方法であったと思います。

――自分の作家性を突き詰めるっていうことに思い至った経緯みたいなのはあるんですか?

金井:思い至った経緯? うーん…なんだろう、執着心かな。やっぱり、いきなりこれができるようになったわけでもないし、ただ曲をたくさん作っていって、かつ、他の人と一緒じゃつまんないって漠然と思っていて。じゃあどうやったら面白くなるんだろう、どうやったら他の人がまだ使ってない言葉とかで曲が書けるんだろう、っていうことに対してはやっぱりずっとハングリーなところがあって。最近思うんですけれど、大事なことはだいたいシェイクスピアに書いてあると思うんです。実はそれが僕の中の教科書的なものになっていて。

――大事なことはシェイクスピアに書いてある?

金井:それが一つのヒントなんじゃないかなと思っていて。そこから派生していくイメージですよね、ジャケットも歌詞も、世に出るのは2017年ですけど、昔か未来かわからないけどとりあえず今じゃないっていう時間設定になっている。やっぱり普遍的なものでありたいからこそ、良くも悪くも今っぽくしない方法を考えていた。それでシェイクスピアを読んでいたんです。あんまり詳しくは語れないんですけど、まだ誰も歌詞に書いてないようなセリフがすごく多いんですよね。「これで歌詞書いてみたい」みたいなことを思うようになった。週に1冊くらいは何かしらの本を読むんですけど。そのときにふと、「大事なことシェイクスピアに書いてあるな」と思った。発見みたいな瞬間はありましたね。これは俺がやることかもしれない、みたいな。

――これはでも、すごく面白いですね。っていうのは、BIGMAMAのキャリアを改めて振り返ると、初期ってほとんどそういった類の作家性ってあんまり出てきてない気がする。

金井:多分、英語で歌っていることによって、そこがあまり関係なかったんでしょうね。たぶんその時にも、自分の中で落とし込んではいるんですけど。

――そういう意味でいうと、大きなターニングポイントになったのはやっぱり4枚目の『君がまたブラウスのボタンを留めるまで』だったと思うんです。ただ、この時点では私小説的な意味合いがとても強かったのではないかと。

金井:はい。僕、いまだにずっとそう思ってるし覚えてるんですけど、当時26くらいで4枚目のアルバムを作ったときに「自分の人生にタイトルをつけるとしたらこのアルバムのタイトルをつけます」「自分の自叙伝、遺書を書くとしたら同じタイトルをつけます」って言ってて。それってまさに、私小説ってことじゃないですか。

――うん。そういう意味で金井政人という人の作家性が示された。

金井:画家でいう自画像みたいなことですよね。

――そうですね。自画像を描いた。でもこれって、毎回やることではない。つまり、「心をこめて作ったものがこれです」と差し出した以上、次に同じことをやったら過去作と新作を両方汚しちゃうわけですよ。だから、サウンドの話はまた別として、作家性としてはまた新しい何かを目指さないといけない。その結実が『君想う、故に我在り』と『The Vanishing Bride』だったのではないか、と。

金井:はい。でも今思うと、5枚目と6枚目は、まだ私小説に近い世界の上ではあったかもしれないですね。距離感でいうと。

――なるほど。書き方を変えて、モチーフも変えて、テーマも設定してるけど、そのモチーフは私的な、内発的なものであると。

金井:うん。そう思います。

――それを経てきたことで、今回は架空の街を舞台にした物語を書くという方法論に転じた。そういうものに興味が向いてきたのか、それができる技量が備わってきたのか、何らかの変化があったんだと思うんですが。どうでしょう?

金井:その両方だと思いますね。単純に、10年やってきてBIGMAMAに関してまだまだ自分の中で届けるのが下手くそだなって思うようなときに、じゃあどこを尖らせるかみたいなことを考えるんです。そのときに、さっきも言ってた話で、じゃあバンドのトータルで考えることはありつつも、それとは別に僕個人が歌詞を書く人の中で絶対負けないところってどこだろう、僕にしか作れないものってなんだろうって、そこを突き詰めて考えた。そのときに、何か綻びのある世界を描くのがすごく、自分の中で提供できるエンターテインメントとしてはそれが自分なりに一番のもてなし方なんじゃないかなと思って。自分は底抜けに明るいハッピーエンドのものを見せられても、何も心を揺さぶられないんです。自分なりに何か面白いものを作ろうと思うと、意図的にネジを外しちゃうところがある。それは、さっき言ってた一つひとつの街の設定に反映されてくる。何かがないことによってその大切さがわかるというか、日頃暮らしている中で、普通のまま過ぎていっちゃうものを、一つ何かを奪われた瞬間に気付くことってありますよね。それを街ごとに描いたというか。「不自由さが自由を教えてくれる」みたいなことが、たぶん自分の作家性の中のキーワードだったのかもしれない。ただ、あまり救いのないものを書き続けるつもりもないし、ちゃんと最終的に笑えるオチは用意したい。そういう、誰もやってないところで勝負したいと思ったんですね。

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