柴 那典のチャート一刀両断!
星野源「恋」なぜロングヒット? 『逃げ恥』メッセージとリンクした“主題”歌としてのあり方
が、このフレーズの奥深さはそれだけではなかった。ドラマの最終回では、みくりと平匡だけでなく、登場人物たちを縛っていた全ての呪縛が解けていくようなハッピーエンドが描かれていた。
仕事に生きてきたアラフィフの百合(石田ゆり子)は、年の差にこだわって恋愛感情に向き合えなかった自分の呪縛から解放される。若い恋敵として登場した“ポジティブモンスター”こと五十嵐(内田理央)に彼女が言った「自分に呪いをかけないで。そんな恐ろしい呪いからは、さっさと逃げてしまいなさい」というセリフは、ドラマ全体のキーワードでもあったはずだ。さらにゲイの沼田(古田新太)も、ようやく思いを寄せる相手に出会うことができた。
「みくりみたいな生き方、津崎みたいな生き方、百合ちゃんみたいな生き方、みんなちょっと変わっているけれど、どの選択も正しいんだっていうことは、ひとつのテーマです」
ドラマのプロデュースを手がける那須田淳氏は、姉妹サイト「リアルサウンド映画部」のインタビューでこう語る。
(参照:『逃げ恥』プロデューサーが語る、最終回に込めた想い 峠田P「どの生き方も否定しない」)
ドラマは『東京フレンドパーク』の回転ダーツのパロディで終わる。コメディタッチのドラマの中で大きな見どころの一つとなっていた“妄想パロディ”シーンだ。みくりと平匡の二人が「この先、どうする?」と書かれた的にダーツを投げると、「挙式」や「子だくさん」や「別離」や「逃亡」が当たる。
「たくさんの道の中から、思い通りの道を選べたり選べなかったり。どの道も面倒臭い日々だけど、どの道も愛おしい日もあって。逃げてしまう日があっても、深呼吸をして別の道を探して、また戻って。いい日も悪い日も。いつだってまた、火曜日から始めよう」
そんなみくりのモノローグで物語は幕を閉じる。
全ての選択肢を、どれが正しいとも、どれが間違いだともせずに、「どの道にも愛おしい日がある」と締めくくる。そういう高らかな“肯定性”が、ドラマの大ヒットの背景にはあったはずだ。そして、それが鮮やかに描かれた最終回の終わった後に、全てを祝福するように鳴り響いたのが「恋」だった。
そう考えると、この「恋」にある〈当たり前を変えながら〉というフレーズ、そして〈夫婦を超えていけ〉〈二人を超えていけ〉〈一人を超えていけ〉という最後のラインが、どれだけ渾身の力を持った言葉だったか、深く伝わると思う。
そしてもちろん、そういう小難しいことを考えなくても、「恋ダンス」の伝播力がある。みんなが夢中になって真似して踊っている。MIKIKOさんが振り付けをしたあのダンスにも、二本の指が一本になる印象的な動きがある。
「イエローミュージックという、僕が思い描いているジャンルや言葉をもっと浸透させていきたいという思いは強くありますね」
「今回の『恋』に関しては『これがイエローミュージックです』と提示して『ああ、なるほど』と感覚的に思ってもらえるようなものをつくりたくて」
前述のインタビューで星野源はこう語っていた。2016年は、彼の提唱した「イエローミュージック」が、まさに「国民的ヒット曲」となった一年だったと言えるのではないだろうか。
■柴 那典
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば:」/Twitter