長渕剛が語り尽くす富士山麓ライブ、そして表現者としての今後「世の中に勇気としあわせの爆弾を落としていく」

長渕剛、富士山麓ライブを語る

 2015年8月22日〜23日に開催された『長渕剛 10万人オールナイト・ライヴ in 富士山麓』がついに映像化され、2月3日にリリースされる。長渕剛は霊峰富士と10万人にどう立ち向かい、何を思ったのか。富士のこと、震災への想い、表現者・アーティストとして、今後の活動についてーー現在の胸の内を本人に迫ったロングインタビューを掲載する。インタビュアーは、長渕剛オフィシャルサイトでも掲載されているライブレポートを執筆した冬将軍氏。

160129_na_2.jpeg

 

「正直言って、苦しみしかなかった」

ーー『10万人オールナイト・ライヴ in 富士山麓』を思い返してみて、今何を考えますか?

長渕剛(以下、長渕):正直言って、苦しみしかなかった。いわゆる「コンサートをやる」という感覚ではなかったです。「大変だった」という言葉もそぐわないですし。桜島のとき(『桜島 ALL NIGHT CONCERT』2004年)は、故郷に対する恩義、その故郷にみんなを招き入れたい、父と母に見せてあげたい気持ちもありましたので、非常にリアルに迫ってきたんですよ。今回は僕自身が生まれ育ったわけではない富士。他人様の土地をお借りして、失礼のないよう礼儀を正して入って行く。富士を祀る浅間大社にもお参りさせていただいて、神事に近いニュアンスが多分にあった。富士を選んだのは東北の震災がきっかけでもありました。だから、楽しむことはまったくできなかったんです。とにかく10万人の心をひとつに束ねて、富士に向けて“祈りの儀”を執り行なうんだ、という意識でいっぱいいっぱいでした。

 ここ何年かの不穏で混沌とした社会に対し、矢を射していく。富士に向かって、国に向かって、個に向かって、矢を突きつける祭典でもあった。それをやらなければいけないという、大きな使命感がありました。ところが、どこかで「やったことのないこと」に対しての不安や恐れもありますから、「10万人集まらなかったらどうしよう」と当然考えますよね。そこを「集めるのだ」という意識に転換していくときに、「フードコートはきちっと配置しなければいけない」「10万人に対する仮設トイレは多くなくてはいけない」であるとか、いろんな知恵を拝借していく。みんなが懸命に考えたんですけど、本当に僕がやりたかったのは「食べ物なんて何もないから、手弁当を持ってきなよ」ということだったんです。「トイレなんてその辺の茂みですればいいじゃん」なんていう野蛮な考えも持ってたんですけどね(笑)。そのくらい、集中するものが音楽ひとつしかないという環境を作りたかった。音楽を以て儀式を行い、富士にぶつけていくのだという目的意識が散漫になることが多かったということに、僕自身ものすごく反省してます。

ーー今回の富士はフードコートもトイレも充実していて、快適に過ごすことができましたが、反面で近年のフェス事情を見ると、参加者が音楽を聴くためではなく、レジャー感覚になっている節もありますからね。

長渕:「歌い狂う長渕の姿に自分を投影して人生が肯定できた」「昇る朝日を見て、立ち向かっていかなければいけない勇気をもらった」という意味で、「すごかった」という言葉で集約されればいいんですけど。「美味しいものがたくさんあった」とか「快適でよかった」とか。それが今の時代、一番良くないことだと思ってるんです。ただ、あれだけの人たちが集まってきてくれたということは、みんな、自分の取り巻く環境や社会に対して不安や不満を感じ、その怒りの拳を上げたかった、あるいは“本当の幸せや愛とは何なのか?”といったことを突き止めたかったんだと思います。でなければ、いくら今どきの快適なフェス形態を提案したところで、集まらないと思います。「動員に勝る演出なし」「論より証拠」ーーこれだけの人間の塊で「ちょっともの申したい」ということを富士に届けることができた。これがどう評価されていくのかは、これからのことですけど。苦しみしかなかったけど、やらないよりやったほうが1000倍良かった。しかし、これを誰かがやると言ったら、決して薦めませんね(笑)。

ーー映像化にあたり、客観的に見られたところもあると思いますが。

長渕:あらためて「行ってよかった」「行くべきだった」と思わせる自負はあります。それは、奇跡に近い風景を我々が創り出したということ。周りからはいろんなことを言われた節もありますけど、このDVDを見てもらえれば、嘘偽りのないドキュメントであることが理解できます。何百億のお金を使い映画を撮ろうとも、あの映像は作れません。来てくれた10万人と我々スタッフの想いがひとつになった瞬間でなければ、自然というものは動かせない。叩きつけるような雨が一週間降り続き、夏とは思えない凍りつくような寒さという過酷な状況の中、あの一瞬だけが晴れて太陽が出た。そこにみんなが理屈のない歓喜の涙を流したわけです。

ーーまさに10万人が「朝日を引きずり出した」という表現こそ、ふさわしい風景でした。

長渕:僕は一生懸命歌ったんだけど、朝日を引きずり出したのは僕じゃない。10万人の想いであり、その中で僕がいわば、“いけにえ”になることで太陽が出た。その朝日にみんなが一体感を醸し出した、というストーリーになるわけです。神に捧げる儀式というのは昔から残酷な一面がありますから。だから、当然僕は四部のときに、“お別れ”をして出て行ったんです。あの朝日は真実であり、我々の想念であります。それをあのときの10万人各々が胸にしまい、それぞれの社会や環境に持ち帰ったとき、ぜひとも、周りより一馬身も二馬身も先に進んでいってほしい。そうしないと僕も命を懸けた甲斐がないですから。DVDではじめて見る方にもそうした我々の想いをどうか汲み取っていただき、今後の自分に何らかの変革を持って生きていってもらいたいなと願っています。

ーーそのような命がけの覚悟と苦悩が、<DISC 5 スペシャル・ドキュメンタリー>に収められています。

長渕:ただ、奇跡の風景に至るまでの過程において、長渕剛も、山崎社長以下キョードー東京グループ、音響、照明、舞台設営のとび職までの総勢2500名のスタッフ全員が、震災から復興していく東北の人たちのような気持ちで本当にひとつになれていたかといえば、そこには疑問が残ります。自分は「2500人くらい束ねられなければどうするんだ」と思っています。だけど、実際僕はクリエイションチーム400〜500人を束ねることに四苦八苦して倒れてしまいました。多くの人をひとつの心に誘うことはとても大変なことです。以前、紅白(歌合戦 2011年)で「ひとつ」という歌を門脇(宮城県石巻市)で歌いましたけど、あれはひとつになっていないから、“ひとつにならなければいけない歌”を歌わなければいけなかった。そうした意味で、宮城、福島、被災地以外はどこか他人事で、やっぱり僕たちは震災や原発の煙を被ってないんじゃないのか、という疑念が新たに生まれてきています。それはこれから先、僕が活動していく大きなテーマでもあるし、怒りのエネルギーになることだと思っています。

160129_na_3.jpeg

 

160129_na_4.jpeg

 

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる