長渕剛が語り尽くす富士山麓ライブ、そして表現者としての今後「世の中に勇気としあわせの爆弾を落としていく」

長渕剛、富士山麓ライブを語る

「言葉は悪いけど『ざまぁみろ』と思った」

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ーーそして三部では、古くからのファンが喜んだ、笛吹利明さん(Gt)のサプライズ出演がありました。久々の共演にどんな言葉を交わしましたか?

長渕:もう長い付き合いなので、大きな言葉はないのですが、「本当にうれしかった、ありがとう」と言ってくれました。僕の30代から10数年あまりを支えてくれた仲間ですからね。だから富士のステージに呼んで、しかも亡くなった親父の歌「鶴になった父ちゃん」で参加してもらったことは、大きな意味のあったことだったと思います。笛吹さん、独特のフレーズ、ギターを弾きますからねぇ。

ーー四部のステージに向かうときに「お別れをして出て行った」とおっしゃいましたが、一部、二部、三部とステージに向かう心持ちはそれぞれ異なっていたのでしょうか?

長渕:一貫とはしてますね。でも本当に「死ぬんだな」と思ったのは、やっぱり四部。それまでも死を覚悟して挑みましたけど、四部ほどの「何もかも捨てて行く」という胸中ではまだなかった。「まだいけるぞ」「やらなきゃ」という懸命さしかなかった。その僕の精神、肉体をケアするためにスタッフも、もの凄く動いてくれましたんで、そういう意味でも「途中で終わるわけにはいかない」と。「死にたいんだったら、死なせてやらなきゃいけない」と三崎(和雄/総合格闘家)は思ってたはずだし。

ーー前日まで悪天候だったこともあり、「朝日を引きずり出せるのか」という不安も少なからずあったのではないかと。

長渕:強烈にありますよね。朝日が出なかったら、すべて終わっちゃうわけだから。当然「どうなるのかな……」という思いでずっとやってましたよ。ただ、三部でセンターステージに立ったとき、風がすごかったんです。「シェリー」のときかな。「もしかしたら雲を全部吹き飛ばしてくれるんじゃないか」と思えるような強烈な風が吹いてきた。僕、タンクトップ一枚で凄く寒かった。「誰か長袖持ってきてくれないかな」と思ってた。誰も持ってきてくれなかった(笑)。で、四部前に空を眺めたときに「大丈夫かもしれない」と少し感じました。でも油断はできませんよね。

ーー僕ら観ている側は空が明るくなっていく様、富士の姿が現れて行く様を眼前に見ていたわけですが、長渕さんは富士を背にして歌っている。日が登って行く光景をどのように感じていたのでしょうか?

長渕:徐々に明るくなっていって、客席の向こう側に日が当たっているところと、当たっていないところの境界線がまっすぐ一直線に出たんです。それを確認したとき、「あ、出たぁ!」と思いました。その境界線をこっちまで持ってこなければいけない、「最期まで歌いきるぞ」という想いで、自分の中のもう一つのエンジンが着火しましたね。「よしっ!」と。

ーーそこから「富士の国」での壮絶な戦いがはじまりました。

長渕:もうね、歌いながら何度か気を失いそうになるんですよ。シャウトの連続、首の後ろから圧が掛かってくる。疲労、酸欠……気が遠くなるんです。マイクスタンドにしがみつきながら、「(スタンドを)頑丈にしておいてよかった」と思ったり(笑)。

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ーーそして、ついに朝日を引きずり出した。

長渕:思いっきり後ろを向いて、朝日を見つめる……いや、睨みつけた。言葉は悪いけど「ざまぁみろ」と思った。誰に対して、というわけじゃないんですけど、それが正直な気持ちですね。映像見ると「クソッタレ、クソッタレ」叫んでますからね。

ーー終演直後、何を思いましたか?

長渕:何も考えられない、地の底に墜ちて行くような感じ。だけど、それは恐怖でも何でもない。自分の全体重が土の中に吸い込まれていく、埋まってしまうような感覚。みんなは眠ってると思ったんでしょうけど。脈がどんどん落ちて、血液が送りこまれなくなったんで、ヤバかった、と言ってました、医師が(笑)。

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