中納良恵の快作『窓景』の音楽的背景とは? EGO-WRAPPIN'とソロのキャリアを振り返る

驚くべき『窓景』の豊潤さ

 だから『ソレイユ』から実に7年ぶりのソロアルバム『窓景』に対する期待は、とてつもなく大きなものがあった。またあの絶品ポップスが聴けるんだ!――実際先行してMVの公開された「濡れない雨」は、時代を超越したスタンダードナンバーに仕上がっている。そのエバーグリーンな力は、映画『風立ちぬ』の主題歌として再び注目された荒井由美「ひこうき雲」にも匹敵するのではなかろうか。

 ところが『窓景』を通して聴くと、『ソレイユ』のバージョンアップという期待は見事に裏切られる。ここには普遍的ポップスも収められているが、実に多種多様な曲が工夫を凝らしたアプローチで表現されている。全11曲がそれぞれ見事に屹立し、広く深い音楽的滋養を感じさせるのだ。曲の良さだけでなくサウンドそのものに徹底的にこだわり抜いた音像は、「良質なうたものアルバム」の枠を大きくはみ出している。

 『窓景』には音響系、ヒップホップ的なアプローチ、シンプルな弾き語りなどかなりのバリエーションの楽曲が収録されているが、不思議と散漫な印象はなく、統一感のある作品に仕上がっている。これは全曲セルフプロデュースという体制の恩恵も大きいと思われるが、中納良恵の歌、いや声そのものが、すべてを貫く軸として存在しているからだろう。EGO-WRAPPIN'同様、彼女のヴォーカルが作品世界を束ねているのだ。

 ところで中納はその圧倒的な才能とは裏腹に、パーソナリティを前面に押し出すタイプのアーティストではない。それは『窓景』でもそうで、とりたてて彼女のファンでなくとも深くコミットできるであろう作品世界は、自意識系アーティストが全盛のJ-POPシーンにあって相対的に貴重なものに思えた。オリジナリティにあふれていながら押しつけがましさのない、純粋にアーティスティックなあり方は、USインディ界の鬼才セイント・ヴィンセントとの共通性を感じさせる。

芸術性と普遍性を追求するブレないアーティスト

 たとえば「濡れない雨」のようなポップソングをそろえて『ソレイユ』路線をさらに推し進めることも、彼女の才能をもってすれば選択肢としてあり得ただろう。だが『窓景』で中納良恵が見せた表情は、ソロでも、もちろんエゴでも見せたことのない新たな一面であった。

 常に新しい芸術性を追求しながら同時に普遍性をも獲得する――考えてみれば中納が『窓景』でとった姿勢は、EGO-WRAPPIN'含め彼女が一貫してきたものである。この先も彼女は、『窓景』で到達した地点からさらに芸術性と普遍性をともに追求していくだろうし、今度はそれがエゴ作品にフィードバックされるに違いない。

 まったく中納良恵は、至極まっとうでブレない表現者である。

(文=佐藤恭介)

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