嵐が<崖っぷち>アイドルだった頃(前篇)+市川哲史がTOKIOへ“ごめんなさい”

嵐がトップアイドルの“襲名披露”をした2014年

 中でも最大のトピックは、やはり嵐の結成15周年になるのだろう。

 3万人を動員した記念ライヴ@ハワイは、22億円の経済効果と共に連日メディアを賑わせたし、NHKのドキュメント番組を筆頭に15年間の歩みを語る嵐の姿を、こぞってTV各局が「広報」した一年だった。

 そして、いまやジャニーズ系のみならず日本のアイドル業界の頂点に君臨しているのが嵐だということが、ようやく日本人の共通認識として成立した年でもあった。

 実際、彼らはデビュー10年目の2008年に、国立霞ヶ丘陸上競技場ライヴをSMAP・ドリカムに次いで実現させると、2014年の競技場解体までに最多の15公演を開催した。セールス的にもその08年、『truth/風の向こうへ』『One Love』で年間シングルチャートの1位2位を独占すると、翌2009年にはシングル・アルバム・DVD・総売上金額と史上初の年間チャート4冠を達成。さらには同2009年から2013年の年間アルバムチャート1位を、2012年を除いて毎年獲得しているのだから、実績は問答無用だ。

 もちろんシングル3Wが全て年間トップ5入りし、最新アルバム『THE DIGITALIAN』は『アナ雪』サントラ盤に次ぐ年間2位と、節目の2014年も他を圧倒した嵐である。

 けれども一般の人々から見れば、王座は知らない間にSMAPから嵐に禅譲されていた印象が強い。前述したデビュー10年目の2008年にau、2010年からキリンビール・任天堂・日立・JAL、2012年から日産と、気がつけば嵐はTVCM常連のナショナル・クライアントを抱えていた。『紅白歌合戦』の司会も2010年を機に、中居正広から嵐にバトンタッチ――その交替劇はあまりにスムーズすぎて、印象的には未だSMAPがナンバーワンだと思い込んでるお茶の間がまだまだ多い、と推察できる。

 それだけに、「いやいや、実は嵐がトップアイドルなんですよSMAPじゃなくて」と説明・普及に努めるのに最適な機会が、この結成&デビュー15周年だったのだ。一度は通らねばならない手続きというか、まさに嵐にとってのラストピースである<ハクづけ>の一年。<襲名披露の一年>。

 涙ながらに心情を語るリーダーの姿や「突然のデビュー会見@ハワイ」話が、どれだけ茶の間に流れただろうか。いやーめでたいめでたい。

 とはいえ、デビュー曲の『A・RA・SHI』がほぼミリオンセラーだったにもかかわらず、初アルバムを出してもらえるまで2年懸かったのもまた、嵐だ。そして長く商業的成功に恵まれず、後続のグループに次々と追い抜かれる憂き目を見た。

たとえば嵐の初ドーム公演はデビュー9年目でようやく実現したが、デビュー4年目の後輩・NEWSと同じ2007年だった。KAT-TUNなんてその1年前の06年デビュー公演が、いきなり東京ドームときたもんだ。不遇というか、最初の6~7年は15周年なんて夢のまた夢の、超<崖っぷちアイドル>だったのである。

 私が嵐と特に頻繁に逢っていたのがデビュー5周年の2004年から06年頃だったりするから、そんな当時の彼らの姿がなおさら懐かしい。

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