椎名林檎『日出処』はもっと多くのリスナーに届くべき 初週売上げを受けて考えたこと

 『勝訴ストリップ』リリース当時高校生だったリスナーも、今は30代。いくらなんでも14年間も「目抜き通り」に戻ってくるのを待ちきれなかったという人もいるでしょう。もともとそれほど数の多くないライブ活動が、近年は特に東京/大阪の大都市に偏重し過ぎていたと指摘する人もいます。今回の初週売上げの数字は、(東京事変の作品も含め)近年コアリスナー向けの企画盤のリリースが続いたことで、結果的にコアリスナー以外が削ぎ落とされてしまったことを証明することにもなってしまいました。あるいは、今回の『日出処』に至る道には、我々が住むこの世界とは別のパラレルワールドにおいて、もう一つのストーリーがあったかもしれません。もし今年6月のワールドカップで日本代表がもうちょっとまともな内容の試合をして決勝トーナメントやベスト8に進んでいたら(熱心なサッカーファンの一人として、それ以上の結果はあまりにも非現実的なので仮説としても立てませんが)、日本中で今回の10倍、20倍、30倍の大フィーバーが巻き起こって、「NIPPON」が「Let It Go 〜ありのままに〜」と並ぶ2014年を代表する曲になっていたかもしれません。リリース当時にはいろいろとくだらない横槍が入った「NIPPON」ですが、あの名曲にはそれだけのポテンシャルがあったと当時も今も自分は思っています。

 全身全霊を注ぎ込んで目を見張るような素晴らしいアルバムを作り上げた尊敬して止まないミュージシャンに関して、「でも、想像よりも売れなかったですね」という原稿を書く。そんな失礼なことはないし、それは本意ではありません。最初は数字に見て見ぬふりをすることも考えました。でも、今回の『日出処』の結果は、椎名林檎という一人のミュージシャンの問題だけではないと思うのです。椎名林檎の才能の本当のすごさは、我々のようなジャーナリストや批評家なんかよりも、同業者の才能あるミュージシャンがよく知っているはずです。そんなミュージシャンたちにとって、今回の結果は相当なインパクトがあるでしょう。そりゃあ、活動のペースが鈍ったり、活動休止が続いたりもしますよ。どうでもいい音楽が想像以上に売れても、どうでもいい音楽が想像以上に売れなくても、そんなことはどうでもいいんです。しかし、これは他でもない、あの椎名林檎が腹を括って作り上げた超傑作アルバムなのです。無力感に苛まれてばかりいても仕方がないので、最後に一言。椎名林檎のアルバムを一度は買ったことのある240万人の人たちは、もはやどんなかたちでもいいので、一度『日出処』を聴いてみてください。椎名林檎史上最高最強の椎名林檎がそこにいますよ。

■宇野維正
音楽・映画ジャーナリスト。音楽誌、映画誌、サッカー誌などの編集を経て独立。現在、「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「BRUTUS」「ワールドサッカーダイジェスト」「ナタリー」など、各種メディアで執筆中。Twitter

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