>  >  > 石原さとみは「校閲」のイメージを変えた?

石原さとみ、『地味スゴ!』悦子が“当たり役”である理由ーードラマの魅力を改めて検証

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 TVドラマ『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』は、とにかく「見ていて気持ちがいい!」という印象の作品だ。主演の石原さとみの軽快だが迫力すら感じる魅力的な演技や、専門的な仕事のいきいきとした紹介、そして新しい女性のあり方についての提示など、語りたい要素が盛りだくさんに詰め込まれている。私も、久々に日本のTVドラマを見るために毎週、画面の前に正座するようになった。視聴率も好調な『地味にスゴイ!』の魅力に、できるだけ深く迫っていきたい。

「地味」でもスゴイ!「校閲」という仕事

 刑事、弁護士、医師、教師など、劇的な事件が発生する職業ドラマが多く作られるなかで、出版社を舞台に、世間できわめて認知度の低かった「地味」な専門職「校閲」を扱っているのが本作だ。

「校閲って、そこまで調べるんだ……1文字1文字、その奥に書かれていることまで……凄いな」

 6話で安藤政信が演じる小説家が、校閲部の仕事ぶりに、思わず感嘆の声を上げるように、私もその仕事の奥深さに感心してしまった。本作では、「ゲラ」と呼ばれる試し刷り原稿をもとに、誤字脱字、漢字や語句の使い方、表記が統一されているか、重複している表現がないかなどを確認する作業、「素読み」が第一段階だと紹介される。これだけでも大変だが、ここまでは出版業界について詳しくなくても、そういう仕事があるだろうことは想像できる。だが、「調べもの」という、事実関係をチェックする第二段階があるというのは、多くの人にとっても驚くところだと思われる。内容に踏み込んで、ときに作者よりも、背景となる知識を調べつくし、矛盾がないかどうかを徹底的に洗い出していく。

 和田正人が演じる校閲部員は、小説に前もって書かれている内容から、そこに登場する家の模型まで自作し、原稿に書かれた描写には矛盾があるということを指摘する。模型まで作る校閲者は少ないというが、間取り図を描くのは普通であるという。多くの読者はそこまで読み込んで矛盾を発見することはないかもしれない。しかし作品を何度も読む熱心な読者には不備が気付かれてしまう。あらゆる誤りを正し、質を安定させるために、校閲は必要不可欠な作業なのだ。

 江口のりこ演じる真面目で堅実な校閲部員は、「私たちは裏方の仕事です」と語るが、出版物に触れる全ての人にとって、この作業の存在を知る前と後では、本や雑誌が今でとは違ったものとして、そして身近なもののように感じてくるのではないだろうか。

 ドラマによっては、何となくそれっぽくオフィスワークをやっている風な演技(しかし具体的なことは何もしていない)の描写は多い。本作では、具体的に仕事の中身に踏み込んで、視聴者自身が、校閲者の直面する課題そのものを体験することができる。その面倒くさい「具体性」が、脚本の面白さの核となっているといえるだろう。

石原さとみが出会った奇跡の当たり役「河野悦子」

 30歳の手前にして、TVドラマ、映画で多くの出演作があり、演技経験が豊富な石原さとみ。最近では『進撃の巨人』や『シン・ゴジラ』の印象的な演技が記憶に新しいが、一部観客の間ではその演技に反発の声もあったと聞く。それは、演技力に関わらず彼女が現実感から遊離した存在、つまり周囲から「浮いている」ように見える個性をもともと持っているということが原因になっているのかもしれない。

 だが河野悦子という役は、校閲部で仕事をしているときにも派手な服装に身を包んでいる姿が象徴するように、地味だと思われている仕事を、地味ではない仕事に変えていくという性質上、枠にはまりきらない石原さとみに、ものすごくはまっているといえる。また、おでん屋の二階に間借りし、内装を女の子らしくかわいらしくしていることが象徴するように、ガーリーさを保ちながらも、ドスの利いた声で独り言を言ったり凄むこともできるという、頻繁に切り替わっていく二重性も楽しい。軽快なコメディー俳優としての資質も発揮され、まさに様々な要素が噛み合い、彼女の魅力が爆発する代表作になったといえるだろう。

 そんな石原さとみの軟体的ともいえる、くるくると変化していく凄まじい演技に引っ張られるのか、当初は硬さが見られた後輩役の本田翼の演技も、ぐんぐん柔らかさが増し、成長していっているように見える。「先輩の方が好きなんだよ」と、9話で河野悦子への後輩としての想いを照れながら告げるシーンは素晴らしい。

新しい女性のあり方が気持ちいい!

 原作「校閲ガール」は、作家・宮木あや子による小説で、本作は脚本も、中谷まゆみ、川﨑いづみ、ふたりの女性の手による。それが大きく影響しているのか、本作の女性像は、自然で社会的にフェアな立場で描かれている。

 地味な職場にいながら、河野は当然のこととしてオシャレをする。職場で「キレイですね」と褒められたいわけでもないし(褒められたら嬉しいに違いないが)、男性に気に入られたいからでもない。実際、周囲の評価は冷ややかだったりする。しかし、彼女がファッションにこだわるのは、ただただファッションが好きだからに他ならない。本田翼の演じるファッション編集者が自分に自然にフィットするような服装を選ぶのとは対照的に、河野は、ときに違和感すら生む、我が道を行くファッションオタクなのだ。彼女の「何を着ようが私の自由」という姿勢は、すがすがしいかっこよさがある。

 職業ドラマとはいえ、本作の魅力の一つには「恋愛」が設定されている。もちろん、河野悦子の人生のなかで恋愛はものすごく大事なものであることは間違いない。しかし彼女のなかで恋愛と仕事は、完全に切り離されたものになっている。仕事には全力でぶつかるし、恋愛にも全力でぶつかる。それは、「ごはんも食べるし、デザートも食べる」ような、きわめて自然な感覚で描かれる。かつてなぜか女性だけが直面していた「仕事か恋愛か、結婚か」という葛藤など、はじめから本作は相手にしていない。それが、とても気持ちがいい。

 面白いのは、菅田将暉が演じる、作家とモデルの二足の草鞋を履く折原幸人という登場人物に対して、河野悦子が惹かれていく理由が、「外見が美しいから」という点だということだ。彼女は、折原の作家としてのいままでの作品すらあまり評価していない。ここでは、かつてのドラマにおける、男女の関係が逆転した、「ヒロインとしての男性」が描かれている。

 田口浩正が演じるおでん屋の大将が「男は顔じゃねえぞ、大事なのは中身だ」と意見すると、河野は折原の顔だけに惚れていることを認めながらも、「中身が大事?分かってるよ!中身が大事じゃないなんて、ひとことも言ってないよ!ただ私は、外見も、大事でしょって言ってるわけ」と反撃する。このやりとりが重要だと思えるのは、これが「内面に惚れるのがいい女だ」という男性側の評価を、私は全く求めていないという、女性による自立した態度の表明になっているからだ。

 しかし、外見ばかりを評価されてきた折原も、河野に出会うことで内面が大きく成長していく。男性ヒロインをただの美しいヒロインのままで置いておかないという意味では、本作はただかつての男女関係をひっくり返しただけのカウンターにはとどまっていないことが分かる。

      

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