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横浜銀蝿

(ヨコハマギンバエ)

リーゼント/革ジャン/白のドカン/キャッツ・アイ/改造車/ハコ乗り/エナメルのとんがったシューズ/集会/つぶした学生カバン/対マン……という男のドメスティック・ヤンキー・キーワードを集約し、それを3コードのR&Rに託して一時代を築き上げた偉大なるロッケンローラー衆、横浜銀蝿(正式名称は「THE CRAZY RIDER 横浜銀蝿 ROLLING SPECIAL」)。肩で風切る孤高の男のプライドとその裏にひそむ哀愁にシンクロした輩は無限大である。また80年代に青春を過ごした世代は、彼らのお陰で画数の多い漢字を習得したという者も多かろう。
80年にシングル「横須賀Baby」とアルバム『ぶっちぎり』で同発デビュー、当時のメンバーは翔(vo)、嵐(Dr)、TAKU(b)、Johnny(g)というラインナップであった。翌年には「ツッパリHigh School Rock’n Roll登校編」でお茶の間をもツッパリ文化一色に染め上げ、当時の幼稚園児までが「ナメんなよ!」と啖呵を切るまでの猛攻のスゴさを見せつけた。立て続けにヒットを連発しながらも、ロックンロール・ヒエラルキーを構築することにも熱心で、弟分バンドである紅麗威甦(グリース/現在役者として活躍中の杉本哲太も在籍)やBLACK SATAN、ソロの嶋大輔、妹的マスコットの岩井小百合らで「銀蝿一家」を形成し、ライヴやイベントで特に高い結束を誇ったという。——これぞ、男も女も憧れる「兄貴」の正しい姿である。
83年12月31日に解散したが、98年1月1日に祝・復活。この際にバンド名を「横浜銀蝿」と改めたとのこと。現在は翔、嵐、TAKUの3人で活動をしており、未だex.レディース、ex.暴走族といった熱狂的なファンにリスペクトされ続ける唯一無二の存在であるのは言わずもがな。——そこんとこくれぐれも四露死苦。

制作協力:
OKMusic

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