キーパーソンが語る「音楽ビジネスのこれから」 第10回
エイベックス 黒岩克巳社長が語る、音楽ビジネスの変化と30周年迎えた同社の新展開
音楽文化を取り巻く環境についてフォーカスし、キーパーソンに今後のあり方を聞くインタビューシリーズ。第10回目に登場するのは、今年6月22日付けでエイベックス株式会社の代表取締役社長COOに就任した黒岩克巳氏。
リアルサウンドでは、2018年で設立30周年を迎えたエイベックス株式会社の事業方針をはじめ、既存事業や新事業“Entertainment×Tech”での新たな取り組み、音楽マーケットを含む日本の産業におけるエンタメ要素の重要性について話を聞いた。(編集部)
エイベックスが30周年以降に目指すもの
ーーエイベックスは30周年を機に経営体制が変更となり、新事業のキーワードとして“Entertainment×Tech”を打ち出しています。まずは新体制における黒岩さんの役割と具体的な事業内容を教えてください。
黒岩克巳:まず“既存事業の範疇外“における新事業は、CEO直轄本部を中心に松浦(勝人)が進めていきます。僕の役割としては、主に既存事業をストレッチしていくことですね。ただ、音楽とEntertainment×Techの領域は重なる部分も多くあるので、新規事業のテック領域を“avex2.0”、既存領域を“avex1.0”とするならば、今後は“avex1.5”のようなコンテンツを世の中に向けて発信していくことになるでしょう。つまり、既存のものと新しいものが融合しつつ、それでいてマーケットやユーザーが反応しやすいもの。今後はそこが“Entertainment×Tech”のマーケットになると考えています。
ーー既存事業といっても、エイベックスの場合は音楽のほか、アニメやライヴなど多岐に渡っています。その全般を黒岩さんがアップデートしていく役割を担うということでしょうか。
黒岩:そうですね。具体的に言うと、例えばアーティストの育て方、価値の付け方も徐々に変化していくと思います。今まではテレビ出演やオリコンランキングの順位が大きな価値基準だったと思いますが、これからは一般リスナーに聴かれた回数、取り上げられる頻度が価値になってくる。そう考えると、今後はユーザーへの届け方も大きく変わっていくだろうし、そこにテクノロジーは確実に関わってきますよね。今、僕たちが一番意識しなければならないのはコンテンツ自体が持つ価値です。その価値を最大限まで高めることを意識して、コンテンツ作りやユーザーへの発信を行っていくことができればと。
ーー数ある事業の中でも、黒岩さんはライヴエンタテインメント事業の第一線でキャリアを築かれてきました。どのようにライヴ事業を中心とし、社長を務めていた「エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ株式会社」を開拓、整備してきたのでしょうか?
黒岩:最近“モノ”から“コト”消費へ、という話をよく耳にするように、コンサート動員数はアーティストの価値だと思うんです。CDセールス全盛の時代はコンサート動員数に対する評価も低く見られていましたが、今となってはCDセールスよりもコンサート動員の方が多いアーティストが増えています。それはなぜかと考えると、テクノロジーの発達と共に一般の人が音楽に触れる機会が多くなり、それを生のライヴで聴きたいと思う人がどんどん増えてきたからなんですね。それで2005年にエイベックス・ライヴ・クリエイティヴ株式会社を設立したのですが、最初は全体で20人程度、半分は管理系だったので正直そこまで規模の大きいものではありませんでした。
ーーそこからどんどん広がっていったと。
黒岩:当時はコンサート制作をすべて外注していたのですが、僕としてはそこに疑問も持っていたんです。なので、まずは自社でマネジメントしているアーティストから徐々にライヴ制作を始めていって。するとライヴもレーベルと一緒で、クリエイティブでありながらも、経験を重ねていくうちにひとつのプラットフォームになっていくわけです。自社のライヴ制作が360度に広がっていく中で、他社のアーティストのライヴ制作をはじめ、イベントやフェスといった横展開も見えてきて。もちろん成功もあれば失敗もありますが、それがノウハウやデータとして蓄積されてくると他社にはない圧倒的な強みになっていきます。信頼がついてくるとともに、他社のレーベルやプロダクションからもライヴ制作の依頼が来るようになり、「外注しているものを自社でやろう」という単純な話から、気が付いたら事業として大きく育っていました。
ーーレーベルであるエイベックスがライヴ事業を展開する強みもあったのでしょうか?
黒岩:どちらかと言うと、ライヴはマネジメントの領域になると考えています。ライヴに関わるすべての権利をプロダクションが所有しているので、そこにはマーチャンダイジングやファンクラブ、チケッティングやスポンサーセールスも当然、含まれる。自社のアーティストのライヴ制作を行ううちに、360度でライヴを制作するノウハウは必然的に身についていきました。ただ、当時レーベル契約だけのアーティストに対してライヴ制作を打診しても、担当のスタッフに断られることも多くて。各部門がそれぞれポリシーを持っているので、社内の中にも壁があったんです。しかし、敵が社内にいてもしょうがないですからね(笑)。そこは崩していこう、と。今では音楽部門全体が統合されていますし、他社や海外のアーティストにも僕たちのプラットフォームを活用してもらえる状況になっています。中にはライヴ制作だけ行っているアーティストもいるように、これから先もあまり制約を作らずに多様性を持って運営していければなと考えています。
ーーいつから音楽産業の中でライヴの存在が大きくなったと感じましたか?
黒岩:エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ株式会社ができたのが2005年で、実感としては2008年頃からライヴ事業が加速した印象があります。当時は海外でもライブ・ネイションやAEG(アンシュッツ・エンターテイメント・グループ)がどんどん巨大化していて、アーティストのライヴ契約も活発的に行われていました。そもそも日本はライヴ契約自体に馴染みがなかったので、マドンナがライブ・ネイションと百数十億という金額で契約した時は驚きましたね。エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ株式会社を始めた当初は日本でもそういうモデルを作れるのかな、と模索していた時期もありました。
ーー欧米の状況を見ると、チケッティングも進歩していますよね。
黒岩:日本のチケッティングも、これから劇的に変わってくると思います。アメリカでは二次流通やダイナミックプライシングも一気通貫で組み込まれていますし、なによりユーザーインターフェースも良い上にオールジャンルに対応している点も進んでいる。先ほどライブ・ネイションの話をしましたが、彼らもチケットマスターと提携することで安定収入が得られて、そこから新しい投資ができるようになりました。僕らもヤフーさんとチケット販売を行う合弁会社「パスレボ」を設立しましたが、そこも次世代のチケッティングを目指しているので、これから大きく変わっていくと思います。それこそ東京オリンピックの開催前後には、今までこの分野にはいなかったようなIT企業がチケッティングに参入してくるでしょうね。そこはまさに音楽とテクノロジーの領域の話だと思います。ただ、日本には他のチケット販売会社もあるので、ユーザーの状況を見つつマーケットにわかりやすいものを提供していければなと。
ーー米国ではリセールの影響で、一次販売価格もいい意味で市場化していると思います。コンテンツを作る側として、チケットの価格が弾力化する状況についてはどう考えていますか?
黒岩:まず、勝手な1次流通やダイナミックプライシングなど、アーティストやレーベル、プロダクション側に還元されないものは排除していくべきです。アメリカでも闇業者が2次流通を行っている時期がありましたが、今ではすべて1次流通が吸い上げて、オフィシャルなものとして行っています。第一に、フェアな状況を作り出すことが重要で。コンテンツ側にきちんと利益が返ってくるシステムを整備できれば、日本でもチケット価格の弾力化がないとは言い切れません。弊社もこれまでチケットマッチングや交換サービスなどの施策はトライ&エラーで行っていますし、まだテストケースですがいずれはシステム化して世に出していきたいですね。
ーーでは、ライヴ演出におけるVRやARといった技術はどうでしょう。
黒岩:“ARやVRが発展したらライヴがなくなるかもしれない”という意見もありますが、逆にテクノロジーが進歩することで生のライヴが見たくなるという心理もありますよね。欧米の市場の動向を見ても、フェスや生ライヴを体験できるイベントは入場者数が年々あがってます。テクノロジーが生ライヴの代わりになるかと言うと、そうではない。生のコンテンツを助長していくものがテクノロジーで、そのバランスはこの数年で崩れるとは思えない。きっとどちらも相互的に伸びていくだろうから、これからのコンテンツ業界はものすごい明るいと思います。