斉藤和義が思うままに表現する喜怒哀楽 『Toys Blood Music』に盛り込まれた個性を考察
今年でデビュー25周年を迎える斉藤和義が、19枚目のオリジナルアルバム『Toys Blood Music』を3月14日に発売した。節目の記念の作品である。ただ、デビュー20周年のライブを「これからもヨロチクビ」と題し、その脱力したタイトルのまま『Kazuyoshi Saito 20th Anniversary Live 1993-2013 “20<21” 〜これからもヨロチクビ〜 at 神戸ワールド記念ホール 2013.8.25』というアルバムにまとめてしまった人だ。今回の25周年アルバムでも、本人の描いた、これまた脱力したようなイラストがジャケットになっている。力みや気負いのなさが、斉藤の持ち味なのだ。
前作『風の果てまで』(2015年)が、The Rolling Stonesのサポートで知られるダリル・ジョーンズ、Beastie Boysに客演したマニー・マークなど海外ミュージシャンも録音に参加した内容だったのに対し、『Toys Blood Music』は藤原さくらのコーラスなどごく一部で他のミュージシャンが参加しているものの、大部分は斉藤の1人多重録音で制作されている。これまでのキャリアでも、彼はたびたび同様の制作手法をとってきた。その出発点は、5作目の『ジレンマ』(1997年)だった。
1993年にデビューした当初の斉藤和義は、シンガーソングライターとして語られていたし、97年に発表され代表曲となった「歌うたいのバラッド」が自作の曲を歌う人というイメージを強化した面もあったと思う。ただ、同曲のシングルが出る少し前に発表された『ジレンマ』は、歌手で作詞作曲家であるだけでなく、演奏家であることも強調した内容だった。ジャケットでは、侍のような姿をした斉藤が、刀の代わりにギターを持っていたのである。彼は初のセルフプロデュースを行い、すべての楽器を演奏し多重録音でアルバムを完成させた。
自分が弾き語りで作った曲をスタジオミュージシャンの演奏によって完成させる。過去のインタビューを読むと、そうして作られた4作目までのサウンドに彼はしっくりこないものを感じていたらしい。それに対し、自分の演奏で固めた『ジレンマ』は、斉藤和義としてあるべきサウンドを方向づける作品となった。自身のグルーヴを発見したといっていい。以後の彼は、スタジオでは1人多重録音と他のミュージシャンを集めての録音、ライブではバンド形態と弾き語り、異なる演奏スタイルを行き来しつつも一本筋の通った活動をするようになる。ボーカルやギター演奏の力強さが増す一方、それとの対比で繊細な表現もより響くようになった。『ジレンマ』がタイトルとは反対に彼の突破口となったわけだ。
特典ディスクがついた『Toys Blood Music』初回限定盤には、そんな斉藤の多面性がパッケージされている。1人多重録音ばかりの本編に対し、テレビCMやドラマ主題歌のタイアップを集めた特典ディスクには、他のミュージシャンとレコーディングした曲が並ぶ。過去にも斉藤は、チバユウスケや中村達也など実力派アーティストと共作共演してきた。今回の特典ディスクには、ティン・パン・アレーで組んでいた細野晴臣のベース、林立夫のドラムという日本ロック史のレジェンド的リズム隊と演奏した「行き先は未来」が収録されている。
一方、1人多重録音の本編は、基本的にLINN DRUM、Roland TR-808というドラムマシンの名機を使ってリズムを組み立てているのが特徴だ。鈴木雅之への提供曲をセルフカバーした「純愛」や「問題ない」のようにプログラミングであることを活かしたダンサブルなナンバーもある。この新作では、ドラムマシンに加えてmoogなどアナログシンセサイザーも導入し、シンクロさせている。とはいえ、テクノに走ったのではなく、ギターが入った演奏全体のグルーヴは彼らしいロックなノリを感じさせる。また従来は使わなかった機材を活用することで新しい斉藤和義サウンドを生み出してもいる。その意味では、新しい玩具で遊ぶような楽しさが伝わってくる。本作のアレンジの妙には、名演奏家たちと共演してきた経験も活かされているはずだ。
ジャングル系の忙しいリズムの「マディウォーター」に関しては、特典ディスクにオリジナル、本編にリミックス・バージョンが収録されている。この曲名はThe Rolling StonesやLed Zeppelinもカバーしたブルースの大御所マディ・ウォーターズを意識したものだろう。『Toys Blood Music』は、R&Bの伝統的パターンを踏まえつつThe Beatles的でもある「12時55分」、ストリングス系シンセサイザーを用いた大らかな曲調がThe BeatlesやOasisに通じる「始まりのサンセット」など、ロックやポップスの伝統、血脈を感じさせる部分が散見される。
この原稿の最初で触れた通り、斉藤和義にはユーモラスなところがある。その半面で彼は、東日本大震災で原発事故が発生した際、自作曲「ずっと好きだった」を替え歌にして日本の原発政策を痛烈に批判した人でもあり、硬派な側面も持ち合わせる。今回の新作でも「オモチャの国」の歌詞には〈メルトスルー〉〈文春〉といった言葉が登場し、この国のありかたを皮肉った歌になっている。かと思えば、控えめなリズムで失恋の未練を吐露した「世界中の海の水」はアコギの弾き語りでもOKな切々としたバラードだし、就活生の登場するCMに使われた「青空ばかり」は前向きな応援歌。また、その日の活動が終わる日没の時を新たなスタートと位置づける「始まりのサンセット」は、25周年という節目にふさわしいポジティブな気分に満ちている。新作は、ソングライターの歌うたいが、喜怒哀楽を思うままに表現した内容でもあるのだ。
こうしてみると『Toys Blood Music』は、特に力んだ様子はないのにロックやポップの血脈を受け継ぎつつ新しい玩具で遊び、聴くものを励ましたり踊らせたり、時には物申したり泣かせたり、いろんな要素が豊かに盛りこまれている。大げさな身振りでなく、こういうことをさらっとやれてしまうのが、斉藤和義のかっこよさだと思う。ほかになかなかない個性である。
■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。
■リリース情報
『Toys Blood Music』
発売日:2018年3月14日(水)
【初回限定盤(CD+特典DISC)】 ¥3,800(税抜) / ブックケース仕様
【通常盤(CD)】 ¥3,000(税抜)
〈収録曲〉
01. マディウォーター REMIX ver.
02. オモチャの国
03. Good Luck Baby
04. 青空ばかり
05. エビバディ
06. 世界中の海の水
07. 問題ない
08. 純愛
09. 12時55分
10. 始まりのサンセット(※中外製薬 スペシャルムービー「ある、かかりつけ薬剤師の一日」篇テーマソング)
11. Good Night Story
〈初回限定盤特典DISC収録曲〉
01. マディウォーター(※テレビ朝日系金曜ナイトドラマ「不機嫌な果実」主題歌)
02. ひまわりに積もる雪(※WEBムービー「マキアージュ スノービューティー2016」主題歌)
03. 行き先は未来(※映画『超高速!参勤交代リターンズ』主題歌)
04. 遺伝(※TBS系 金曜ドラマ「下剋上受験」の主題歌)
05. はるかぜ(※サントリー「鏡月」TV-CMソング)
06. I’m a Dreamer(※テレビ東京系土曜ドラマ24「居酒屋ふじ」主題歌)
〈アナログLP盤(2,500枚限定生産)〉 ¥3,800(税抜)
Side A
01. マディウォーター REMIX ver.
02. オモチャの国
03. Good Luck Baby
04. 青空ばかり
05. エビバディ
06. 世界中の海の水
Side B
01. 問題ない
02. 純愛
03. 12時55分
04. 始まりのサンセット
05. Good Night Story
■ツアー情報
『KAZUYOSHI SAITO LIVE 25th ANNIVERSARY TOUR』
8月24日(金)大阪・大阪城ホール
8月25日(土)大阪・大阪城ホール
8月30日(木)福岡・福岡国際センター
8月31日(金)福岡・福岡国際センター
9月3日(月)宮城・仙台サンプラザホール
9月6日(木)東京・日本武道館
9月7日(金)東京・日本武道館
9月10日(月)愛知・名古屋国際会議場センチュリーホール
9月15日(土)徳島・アスティとくしま