吉田夜世『VocaNova』のDJパフォーマンス撮影現場に潜入 『ボカコレ』の歴史を振り返る一夜に

吉田夜世『VocaNova』撮影現場に潜入

 8月29日~31日にかけて、YouTubeのプレミア公開で特別映像を一挙に公開する音楽イベント『YouTube Music Weekend 10.0 supported by PlayStation』が開催される。その中日である30日に行われるスペシャルステージプログラム『VocaNova Presented by The VOCALOID Collection(ボカコレ)』の会場となったのは、東京・虎ノ門ヒルズ ステーションタワーの「TOKYO NODE HALL」だ。

 一般的にライブハウスやホールは遮音性やコストの観点から地下や低層にあることが多いが、ここは違う。46階という高層に位置し、約330席のホールながらメインステージ背後は、なんと全面ガラス。東京のパノラマを一望しながら音に浸るという贅沢な体験が提供される。

 今回の『YouTube Music Weekend』には、アニメ・ネットシーンを横断して活躍する総勢122組のアーティストが集結するなか、「TOKYO NODE HALL」で吉田夜世がDJパフォーマンスを披露する現場に、筆者は立ち会った。(小町碧音)

ニコニコ×YouTube×日本テレビが手がける新プロジェクト『VocaNova』

 「超新星」を意味する英単語「Supernova」に由来し、「ボカロ界の超新星を世界に発信する」という想いが込められた『VocaNova』。今年5月に国内最大規模の国際音楽賞『MUSIC AWARDS JAPAN 2025』の特別版を開催した『YouTube Music Weekend』は、今回で記念すべき10回目を迎えるが、パートナーであるボカロシーンの祭典『ボカコレ』もまた、『ボカコレ2025夏』で10回目の開催となる。こうした奇跡的な背景のもと、ボカロ文化を育んできたニコニコ動画、数千万~数億再生のボカロ曲を世界に届けるYouTube 、幅広いカルチャーを発信する日本テレビの3社によって、本プログラムは立ちあがった。

 DJパフォーマンスを披露する吉田は、重音テトをフィーチャーした楽曲「オーバーライド」が二次創作をきっかけに爆発的に拡散され、2024年の顔となったボカロPで、実は『ボカコレ』には初回から前々回まで連続参加するなど縁も深い。近年、海外勢の台頭やアジアでの広がりなど双方向の動きが顕著になってきたこのタイミングで、ニコニコとYouTube が手を取り、東京の虎ノ門ヒルズ ステーションタワーの高層階からシーンの最前線を走るボカロPによるDJパフォーマンスが繰り広げられる。想像するだけでも、熱い展開だ。

 DJパフォーマンスの合間に、吉田に話を聞くことができた。まずは、「普段のDJ出演に比べると短いんですけど……緊張感も光景も、普段とは全然違って。なのでいつも以上に体力を使いました」との生の感想から、『YouTube Music Weekend』に出演する意気込みについてもこう一言。

「ニコニコの文化の『ボカコレ』で顔となった曲たちをYouTube で流して、ボカロ文化を世界に発信するというテーマに恥じないように頑張ろうと思っていました」

 会場に選ばれたTOKYO NODEも、アートからビジネスまで幅広く創造性を引き出し世界へ発信することを目的に生まれた複合施設であり、今回のコンセプトにふさわしい。世界と日本、人と人、領域を越えて多様なものをつなぐ拠点として、虎ノ門ヒルズ ステーションタワーの地上45~49階および8階のエントランスにまたがる形で、2023年10月6日に開業した。2023年末の『第74回NHK紅白歌合戦』では星野源のパフォーマンスが49階の「SKY GARDEN & POOL」で撮影され、2024年にはPerfumeが3つのギャラリーで体験型展覧会『Perfume Disco-Graphy 25年の軌跡と奇跡』を開催したことも比較的直近のトピックだ。

 また今回の『VocaNova』では、YouTube の映像に、配信ページのコメントがニコニコ動画さながらにリアルタイムでオーバーレイ表示される。そんな特別仕様が施されているのも『VocaNova』ならではのポイントだ。

 今となってはわかるのだが、ストロングポイントの違うニコニコ動画とYouTube 、それぞれの存在があったからこそ、ボカロ文化はここまでグローバル規模で成長することができた。吉田もまた、両者の関係性をこう語る。

「敵対というわけじゃないけど、日本にニコニコがあって、世界にはYouTubeがあって……すみ分けされている状態と見て取れていたので。そういう大元同士が手を組んでいるのは、エモいですよね」

歴代『ボカコレ』優勝楽曲を繋いだ“特別なDJセット”に注目

 吉田がプレイするのは、『ボカコレ』の「TOP100ランキング」で歴代優勝を果たした楽曲の数々だ。中央の透過型LEDビジョンには各ミュージックビデオが映し出される。

「普段のDJでは手拍子とかで『盛り上がってくれ!』ってテンションを上げにいくんですけど、今回はより楽曲の世界観を表現する動きに注力しました。そういう意味では今回のパフォーマンスは“ダンス”に近かったかもしれないですね(笑)」

 筆者は、ボカクラ(ボカロシーンのクラブイベントの略)で観客を前にした彼のDJプレイを何度か目にしたことがある。明らかに空気が違った。普段が指揮を取るというならば、この日は空間を制すといったところか。

 重い腰を上げるように静かに始まった1曲目は「花弁、それにまつわる音声」 (2025冬/あばらや)だった。どんなサウンドであっても長く聴いていたくなる、身も心も優しく包み込むホール内に響く音像が印象的だった。この選曲と、そこからの繋ぎの意図について、こう語る。「前回までで一番新しい『ボカコレ』優勝楽曲なので、記憶に新しいのもあるし、スローテンポなサウンド、メロディ、グルーヴ感、全部が“最初に流して引き込む”のにぴったりかなと思いました。原曲の一番サビ終わりにテープストップのエフェクトが入っているので、DJプレイとしても曲に合うタイミングでテープストップを使ってギューンって切って、次の曲に行く感じです」

 2曲目の「エウレカ」(2021春/柊キライ)は、軽快なジャジーサウンドに合わせた動きで対照的。孤独を芸術に昇華した世界観に合わせて照明がエレガントな花を作った演出も目を引いた。吉田が「須田景凪氏がバルーン名義で、『ボカコレ』の場に曲を出してくれたのが嬉しかった」と当時の記憶を振り返ってくれた「パメラ」(2021秋/バルーン)からは、普段と同じまではいかずとも、吉田らしいダイナミックなパフォーマンスが光り始め、テンションの高揚がはっきりと伝わってきた。

 また今回の撮影では、映像技法も見どころとなっている。会場には被写体を自動で追跡するトラッキングカメラのほか、被写体を3D化して、後から映像の視点を自由に変えられるボリュメトリックビデオ、コロナ禍に普及したサーマルカメラも導入。遠赤外線を検出して対象の温度を可視化し、温度分布をサーモグラフィーとして表示するサーマルカメラは実写エフェクトとして使われる。

 DJとして大抜擢された率直な感想を尋ねると、「最初にお話をいただいた時は自分でいいのかと思いました。ただ、自分はボカロPのなかでも、顔出しをしてリスナーさんの前に姿を出すことが多いほうで。また今回は自分が増殖したり、自分の姿にいろんなエフェクトが加わっていくなど、ある意味“いじられる”ような特殊演出も多く(笑)、それを受け入れられる上に、僕には『オーバーライド』というYouTube でたくさん再生されている曲もある。姿を晒せること、YouTube 上での知名度、DJ経験などを総合的に考えると、確かにこれが適任なのは自分かもしれないなって、今では納得してます」と、笑いながら吉田のシーンでのポジションを明確にしてくれた。

 「新人類」(2023春/まらしぃ×じん×堀江晶太〈kemu〉)にかけては、クロスフェーダーのカットインも滑らか。スマートフォン向けリズムゲーム『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』のユニット「Vivid BAD SQUAD」書き下ろし曲の初音ミクver.である「Forward」(ボカコレ2020冬/R Sound Design)では〈大切なことは今 手を取って進むこと〉という歌詞の意味の通り、今ひとつになること決めたかのような心を引き込むDJプレイ。「リレイアウター」(2023夏/稲葉曇)の間奏で、意図的な崩しを際立たせた所作もそうだが、単にDJを場を盛り上げるためのものとして機能させているのではない。曲に独自の解釈を重ねることで、楽曲を複合的に見せようとする演出。それはまさしく、表現者だった。

 

 さらに強力な映像演出が用意されている。撮影ではバレットタイムと呼ばれる技法を使った演出も行われた。等間隔に配置した複数台のカメラで、被写体を囲みながら同時に撮影することで、被写体の動きを止めたままカメラアングルだけが高速で移動しているかのように見せる手法で、映画『マトリックス』の銃弾回避シーンで広く知られる。同作品に愛着がある吉田は、サングラスをかけて増殖するシーンはエージェント・スミスを想起させるオマージュでもあると、嬉しそうに話してくれた。

(画像提供=ドワンゴ)

 照明が落ち、メインステージ背後の夜景がその代わりとなる自然の恩恵を受けた美しさのなかで、空気が一新されたのがミュージックビデオの投影を排除した「まにまに」(2022春/r-906)のプレイだ。「ポイントとしては、『リレイアウター』を加速させる。突然グイッと加速すると「何か起こるんじゃないか」と思わせられるんですよ。そして次第に『まにまに』が流れる。あれは結構気に入ってますね」轟く分厚いベースラインと“吉田夜世のゾーン”に入ったかのような集中力。一見シンプルだが、セットリストの中でも最も閃光が走った数分だった。

 そして「イガク」 (2024冬/原口沙輔)や「熱異常」(2022秋/いよわ)といった、音割れやノイズ、崩壊といった感覚に刺さる楽曲では、さらにDJミキサーのつまみをグイッと回す。そのアクションが、楽曲の持つ破綻寸前の緊張感を、極限まで高めていたと思う。

吉田が語る、映像の見どころと注目ポイント

 さまざまなアーティストが一堂に会する『YouTube Music Weekend』を、吉田はどう捉えているのか。

「テーマが自由じゃないですか。じゃあ何を出すかとなったとき、ライブ映像にするか、専用映像を作るか……など向き合い方が人によって違う。イベント自体を各クリエイターがどう解釈するのか、そういうメタ的なところが面白いなと思いながら見ています。今回のイベントも、ニコニコ、YouTube 、日テレが組んでYouTube Music Weekendに向き合った結果こうなったという過程を内側から体験できていて、非常に面白いと感じています」

 最後に、今回のパフォーマンスで特にこだわった点も聞いた。

「『まにまに』では、ちょっと実験的な形でラスサビを流すんですが、そこはぜひ見てほしいですね。そこに合わせて照明演出も調整してもらっているので、完成映像でも絶対かっこいいことになるんじゃないかと思います」

 趣味で創作を始めたアマチュアたちが、今では映像や音響といったプロフェッショナルなバックアップを得て、その才能をさらに開花させる環境が整っている。この撮影現場の光景は、まさにその事実の体現だった。

 そして、吉田がこの大舞台に抜擢されたのは、彼の持つ個性が評価されたからに他ならない。それは、ボカロPの一人ひとりがかけがえのない個性を持った“アーティスト”として輝く時代になったことの象徴だ。

 ボカロシーンのトレンドも在り方も巡り巡って、ニコニコとYouTube 、そして日本テレビという多様な媒体が手をつなぐ、夢のコラボレーションが実現した。絡み合うなかで変化を続ける。今日の常識は明日の非常識。ボカロシーンの新たな夜明けを感じさせる鮮烈な体験だった。

■セットリスト
1.花弁、それにまつわる音声/あばらや
2.エウレカ/柊キライ
3.パメラ/バルーン
4.新人類/まらしぃ×じん×堀江晶太(kemu)
5.Forward/R Sound Design
6.リレイアウター/稲葉曇
7.まにまに/r-906
8.イガク/原口沙輔
9.熱異常/いよわ

■『VocaNova Presented by The VOCALOID Collection@ TOKYO NODE HALL』

(クリックでYouTubeのアーカイブへ)

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