“歴史と未来”が交差するフロアで、ボカロシーンの醍醐味を再確認した夜ーー『ボカニコ2025冬』現地レポート

『ボカニコ2025冬』現地レポート

 4日間にわたる『ボカコレ2025冬』のランキング結果が発表された最終日、2月24日。クリエイターの数だけの感情が渦巻くインターネットの外。東京・渋谷 HARLEMでは、好きな音を浴び、自由に楽しむひとときが続いていた。

 ボカクラ(ボーカロイドクラブイベントの通称)の中でも主要な存在である本イベントは、ニコニコ超会議の人気企画『ボカニコ』から派生したスピンアウト企画の第2弾『ボカニコ 2025 Winter POWERED BY ボカコレ』。昨年は惜しくも中止となり、今年は当時出演を予定していたR Sound Design、市瀬るぽ、いるかアイス、サツキ、もちうつね、LonePiを含む、豪華なラインナップで開催された。

 

 筆者は主に2階のフロアに混ざり、参加。本稿では、なかでも印象に残ったDJプレイをレポートする。

浮遊感と特有のポップさでフロアを自らの世界に引き込んだR Sound Design

 傘にポツポツと降り注ぐ雨粒の音を思わせるイントロが印象的な「帝国少女」が流れ始めると、あちこちから歓声が沸き起こる。ゆっくりと広がるシンセの揺らぎ。気づいた時には宇宙の片隅に迷い込んだ感覚に。次に繋がったのは「flos」だ。シームレスに流れ込むサウンドは、柔らかな水の中に飛び込む浮遊感を何度も生み出した。

 音の雫が空気をデザインし、フロア全体が彼特有のシティポップ色に染まっていくなだらかな時間。フロアにいるのに、どこか異次元にいるそんな錯覚に陥ってしまう。架空の車内からサイドウィンドウを開けると、そこには都会でも宇宙でもない、未知の世界が広がっていた。まだまだ続いてほしいと願ってやまない不思議な安心感をもたらすR Sound Designのサウンドは、最後まで揺らがなかった。

大漠波新は「VOCALOIDの歴史と進化を巡る旅」の案内人に

 「盛り上がってますか? 今日は好きな曲を流しに来ました!」一言発した瞬間、フロアに轟くのは、マグマのように煮えたぎり、勢いよく噴き上がる炎さながらの音と歓声だ。超高速の初音ミクのボーカルが流れ出すと、大漠波新の激しいDJプレイがスタート。

 観客が思い思いに身を委ねる自由な空間が広がったのも、彼から放たれる熱量の高さの影響が大きい。たとえば、じんの「サマータイムレコード」をはじめ、ボカロの歴史と進化が交差する構成となっており、すべてのリスナーが新たな視点を得られるセットリストだったと思う。リリースから年月が経った黒うさPの代表曲「千本桜」も彼の手にかかれば、今にぴたりと馴染む新たなサウンドへと昇華される。迎えたラストは重厚なビートが押し寄せ、フロアの熱量は限界を超えていった。

ワンマンライブ並みのスケールでエネルギッシュなプレイを見せた吉田夜世

 「この辺から知ってる人、多いんじゃないの? 盛り上がっていくよ!」と、強力なプレイヤーが降り立つ。吉田夜世のエスニックサウンドが響き渡ると、一瞬にしてカルトチックな雲がフロアの天井にかかった。アップテンポな曲で勢いよくフロアにハンドマイクを向け、観客とのコール&レスポンスを楽しむ瞬間もあったり、とにかくエネルギッシュだ。

 何より圧巻だったのは、吉田夜世がワンマンライブ並みのスケールで、空間全体を自身の世界へと染め上げてしまうこと。ほかのクリエイターの曲をプレイした後、すぐに彼の楽曲が流れ出すと、フロアの空気は瞬時に「吉田夜世ワールド」に引き戻される。フロアのボルテージが下がる瞬間すらない時間で最大級の波を描いたのは、言わずもがな、重音テトを冠した「オーバーライド」だった。

もちうつねの持つ雰囲気と、音声合成ソフトの柔らかな歌声が残す余韻を楽しんで

 かわいいドラッグメーカー・もちうつねのDJプレイが始まる前、彼の登場シーンからそのミステリアスな存在感に、誰もが一心に注目していたことは、特筆すべき点だろう。音声合成ソフトの柔らかな歌声と、もちうつね自身が醸し出すふわふわとした世界観の一致。

 クライマックスにかけては、彼の楽曲と親和性の高い、いよわの2曲もプレイされ、フロアの熱量がさらに高まったタイミングで訪れた「おくすり飲んで寝よう」。ここで「待ってました!」と言わんばかりの歓声が沸騰。サビでは、タイトルでもある「おくすり飲んで寝よう」のフレーズがフロアに一斉に響き渡り、物凄い一体感に満ちていく。曲が終わると「なんと、終わりです(笑)」と呟くもちうつね。DJブースを去った後にもその空間にはしばらく彼がそこに居た余韻が残っていた。

ボカロカルチャーの独自性や個性を存分に堪能した一夜

 ここ数年でスマッシュヒットを飛ばしたにもかかわらず、吉田夜世やサツキがDJブースで生み出す空気には、すでに堂々たる貫禄がある。実際にフロアの熱気を直接感じながら、リアルタイムで音を鳴らす。その行為自体が、ボカロPとしての存在感とサウンドをより一層結びつけることに繋がっているのだろう。

 それから3階では、『ボカコレ2025冬』TOP100ランキングで「ずんだレンジャー」が3位を獲得した、なみぐるのDJプレイも見た。非常にネタ的でユニークなセットリスト、サックス演奏で沸かせていたのが記憶に残っている。

 規定にハマらない、一回り先の未来のサウンドが飛び出す。これぞ、ボカロの醍醐味だが、まさにそのボカロらしい独自性や演出が大いに生かされた場だった。ボカニコが回を重ねるたびに、ますますクリエイターの自由な個性を伸ばす大切な場所になっていくことを願う。

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