乃木坂46・井上和、ボカロに救われた学生時代 「綺麗事だけじゃないところにすごく惹かれる」

年間の優れたミュージックビデオを表彰する全米最大級の音楽授賞式「MTV Video Music Awards」の日本版『MTV VMAJ』が3月19日、Kアリーナ横浜にて開催された。ボーカロイド楽曲を対象にした特別賞「Daisy Bell Award」では、過去に“まらしぃ×NORISTRY×齊藤京子(日向坂46)feat. 鏡音リン”名義で「新人類」が披露された実績がある。
今年は、『The VOCALOID Collection』の「TOP100」ランキング上位楽曲(2023年夏・2024年冬)からノミネート曲が選出され、ユーザー投票ならびにボカコレとMTV VMAJによる協議により受賞作品が決定されること、そして受賞楽曲を乃木坂46・井上和が歌唱することが発表されていた。
みごと「Daisy Bell Award」を受賞したのは、稲葉曇の「リレイアウター」。稲葉曇のアイコンとも言えるVOCALOID・歌愛ユキがフィーチャリングされた本楽曲は、歌詞からもわかるように、稲葉が歌愛ユキに注ぐ大きな愛情を感じられる一曲だ。
そして、それを歌唱する井上和は、乃木坂46の中でも屈指のボカロ好きで知られる。くわえて、『MTV VMAJ』でソロ歌唱を披露するのはグループとしても初の快挙だ。当日、筆者は客席からステージを眺めていたが、彼女のパフォーマンスはその想いの深さを浮かび上がらせ、あっという間の時間だった。
今回、筆者はパフォーマンス直後の井上和に、彼女の“ボカロ愛”や歌唱を終えての率直な感想を伺った。ライブの余熱が残る中での取材だった。
リレイアウターは「毎日私のそばにいて、練習するほどに大好きになっていった曲」
ーー井上さんの堂々としたパフォーマンスは圧巻でした。感情がダイレクトに伝わる中で、ボーカロイドらしさを感じさせるトーンも絶妙で。実際に歌ってみて、どんな手応えがありましたか?
井上和:緊張しましたね。「リレイアウター」はこのステージで歌わせていただくと決まってから、毎日私のそばにいて、練習するほどに大好きになっていった曲なんです。だからこそ、同時にその思いをどれだけ届けられるかという不安もありました。でも、ステージを終えてみて、こうした機会をいただけたことが、やっぱりありがたいなと思いました。
ーー『MTV VMAJ』にはこれまでも乃木坂46として出演されていましたが、ソロでの歌唱は井上さんが初めてだそうで。あらためて、ソロ歌唱のオファーを受けたときの率直な感想を聞かせてください。
井上和:すごくうれしかったです。基本的には、グループのみんなで活動することが多くて、それが好きなんです。でも、そんな中で「一人で立つ場」をいただけたことが本当にうれしくて。
ーーただでさえプレッシャーのかかるパフォーマンスに加え、Kアリーナ横浜の約2万人の観客を前に一人で立つこと自体、大きな挑戦になったのではないでしょうか。
井上和:そうですね。グループでステージに立っているときは、仲間がいるし、「このメンバー全員で会場の人たちを楽しませよう!」という気持ちが強いんです。いざ一人でステージに立つと、「一人対この会場」って、なんて怖いんだと思って(笑)! でも、客席のペンライトやお客さんの表情がよく見えたことで、「実は一対一なんだな」とあらためて実感できたステージだったと思います。
ーー歌唱中の冷静な表情も、憂いのある楽曲の世界観とリンクしていてよかったです。
井上和:個人的に、今回の歌唱では表情をあまり大きく動かさなくてもいいのかなと思っていました。初めてテレビに出させていただいたときに「口元には表情が一番現れるから、笑うときに口を隠したりするのは良くないよ」とアドバイスをもらったことがあって。それ以来、口元って感情がすごく詰まっている部分なんだなと思うようになったんです。それで、今回の楽曲ではあえて大きく動かしすぎない方が楽曲の世界観が伝わるんじゃないかなって。
ただ、やっぱりお客さんの前でのパフォーマンスなので、世界観を作りつつも、感情があふれ出る瞬間は必要だと思っていて。曲の中で少し表情の変化をつけられたらいいなと意識していました。
ボカロ好きだからこそ「“人が歌う意味”をちゃんと見出さなければいけない」

ーー「リレイアウター」は、リズムや音程の変化が予測しづらく、まさにVOCALOIDならではの曲という印象で、人が歌うには難易度が高いですよね。乃木坂46の楽曲とはかなり異なるアプローチが求められる曲だったのでは?
井上和:そうですね。乃木坂46の楽曲では、ここまで音の移動が大きいものはあまり多くないですし、グループだと歌い継いでいくので、ずっと一人で歌うことはほとんどないんですよね。だから、とにかく息が続かないし、音程を取るのも大変でした(笑)。それこそ、初めて歌ったときは、泣きそうになってました(笑)。息継ぎをするタイミングが難しいので、「これは鍛えなきゃダメだ」と思って、腹筋を始めたほどです。
ーーそうだったんですね。回数や時間はどのくらいですか?
井上和:最初は普通の腹筋を1日50回やっていたんです。でも、「あんまり意味がない気がするな」と思い始めて。たぶん鍛えないといけないのはインナーマッスルだなと気付いてから、プランクに切り替えました。毎日1分くらいやっていました(笑)。「リレイアウター」を通して歌えるようになるまで、1週間くらいかかったんじゃないかな。
ーーボカロ好きの井上さんが「リレイアウター」のパフォーマンスに臨むうえで、一番向き合った気持ちはどんなものでしたか?
井上和:好きだからこその怖さですね。VOCALOIDが歌うこの楽曲が好きだからこそ、そこに“人が歌う意味”をちゃんと見出さなければいけないというプレッシャーがあって……。
特に「リレイアウター」を歌わせていただくうえでは、もともと完成されている世界観に対して、自分が何かを付け足すことへの戸惑いもありましたし、楽曲の魅力を損なわずに表現できるのか、不安になることも多かったです。すごく慎重になりましたし、練習しながらもずっと怖さを感じていました。
ーー“人が歌う意味"をどのように表現していった?
井上和:やっぱり、歌詞や楽曲の作りとして、VOCALOIDだからこそできる速さや音の動きがあると思うんです。それに、VOCALOIDはすごく綺麗に言葉を届けてくれる存在でもありますよね。そこが魅力でもあるんですけど、人が歌うことで、そこに生々しさを加えられるんじゃないかなって。
ただ、「リレイアウター」の場合、それを加えすぎると少しくどくなってしまうかもしれないとも思ったんです。だから、人間が歌うからこその生々しさと、“人があえてボカロっぽく歌う”という要素を、できるだけ共存させて歌えたらいいなと思っていました。
ーー人間の生々しさにボカロの要素を足す表現からは、楽曲への深い理解とリスペクトが伝わります。
井上和:逆に、VOCALOIDの歌い方を真似るだけでは意味がないと思っていて。“ボカロっぽさ”の中に、うっすらと後ろに隠れる人間の生々しさが見え隠れするような歌唱になったらいいなと思って練習していましたね。