連載:エンタメとテクノロジーの隙間から(第五十八回)
『AirPods Pro 2』に思う、パーソナライズされた音楽体験と音質の善し悪し

リアルサウンドテック編集部による連載「エンタメとテクノロジーの隙間から」。ガジェットやテクノロジー、ゲームにYouTubeやTikTokまで、ありとあらゆる「エンタメ×テクノロジー」に囲まれて過ごす編集部のスタッフが、リレー形式で毎週その身に起こったことや最近見て・試してよかったモノ・コトについて気軽に記していく。
今回から編集部連載を書くことにしました、フリーライターの白石です。RealSoundでは主にApple製品やインターフェイス、カメラ、舞台芸術についての記事を書いています。自己紹介は敬体でやりましたが、なんだか座りが悪いので以下、常体で書いていきますね。
昨年末頃から『AirPods Pro』の調子がどうにも悪い。おそらくケース側のバッテリーがヘタってきたのだろう、1月中頃には全く充電しなくなってしまった。
ケースだけ買う・メーカー修理に出す、などいろいろ考えたのだが、この初代AirPods Proを買ったのは2019年ごろ。「テクノロジーメディアで執筆するライターが6年前のワイヤレスイヤフォンを修理して使っていていいのか?」という気持ちもあり、『AirPods Pro 2』を購入。
アクティブノイズキャンセリングを搭載した完全ワイヤレスイヤフォンにはいくつかの選択肢があるものの、日常的にMacとiPhoneの画面を行き来する僕にはその選択肢がほぼなく、「AirPods Pro一択」という状況だったのも購入を後押しした理由。「AirPods」シリーズはiPhoneとMacの接続を自動で切り替えてくれるのがありがたい。
そしてこれにより自分の所持製品からようやくLightning端子がなくなり、ケーブル周りもスッキリ。せっかくなので初代と2の個人的感想を交えた簡単な比較をつるっと書いていく。
外見にはケースの変化がわかりやすい。ストラップホール・スピーカーなどが追加され、イヤフォンを収納したり、充電したりすると可愛い音が鳴る。イヤフォンにもマイクが追加されていることがわかる(左が旧製品、右が“2”)。


『AirPods Pro 2』を初めて着けたときに感じたのはノイズキャンセリング性能の明確な向上。これは初代よりも強力で、まるで鍾乳洞の中にいるような静寂感がある。重さやサイズ感はほとんど変わらず、こんなに静かなのは驚き。また、音の広がりも以前より良いと感じる。
くわえて前機種との差として驚いたのは、耳の穴の形を変えるとサウンドが変わることだ。僕は耳を割と大きく上下に動かせるのだが、『AirPods Pro 2』はそういう動きに応じて最適なサウンドを送り込んでいるのだろう、明確にサウンドが変わってしまう。AppleのWebサイトによれば『AirPods Pro 2』に搭載されているH2チップがこうしたパーソナライズを司っているようだ。
Appleによれば、“H2チップは、パワフルな適応アルゴリズムを使ってサウンドを一段とすばやく処理し、あなたに聞こえるその瞬間にオーディオをチューニング”するという。ソナーのような機能でサウンドをチューニングしているのだろう、まるで耳の中を小さなカメラで覗かれているような感覚があり、購入してしばらくは色んな顔をして耳の形を変えながら、音の聞こえ方を確かめてしまった。
音質については約4万円のイヤフォンということもあり必要十分に鳴っていると感じるが、前述のように「人の状況に応じてサウンドを変える」という性質があるため、ほかの製品と比較することが難しい。前提として言えるのは「AirPods」シリーズは「Appleが提案する“良い音”を聴くイヤフォン」だということで、その点では前機種よりも向上したノイズキャンセルや迅速にパーソナライズされるサウンドによって、Appleが目指す多くを達成できていると認められる。
ただし、オーディオの世界には様々な価値観があり、たとえば「機材を選びながら自分の好みの音を探求する」「より多くの音域・深いビット深度の音質を求める」といった探求が支持される世界においては、このイヤフォンは少し厄介な存在かもしれない。そしてその厄介さは、音楽を作る側にとっても無視できないものになっているのではないだろうか。
自身、何度か友人の楽曲収録に参加してプロのスタジオワークを拝見することがあり、そうした現場でSONYのスタジオヘッドフォン『MDR-CD900ST』が使われているのを何度も見た。素人の趣味で音楽のミックスをやることもあるが、そうした際には自身も同機を使用する。なぜかといえば「このヘッドフォンからはひとまず正しい音が鳴っている」と信じられるからだ(『MDR-CD900ST』には低音が少し弱かったり、声がとても近くで聞こえたりとその独特の特色はあるものの、それを踏まえてもだ)。
しかして、そうして作られた音楽が「個々人の耳に向けてパーソナライズされてしまう」とするならば、もう制作者にとっての「正しい音」「良い音」というものがどんどんもやもやした、雲のようなものになってしまうのではないか。「音楽の聴取環境は人によって異なる」という前提はかつてよりあったものの、「AirPodsで鳴りが良い音楽」を作るのは「クラブで聴いて気持ちの良いキック」を作るより何倍も難しそうに思える。
個人的には「ピュアオーディオやポータブルアンプなどを愛好する人々」「トレンドを考えながら音楽をミックスするサウンドスタジオ」「パーソナライズされたサウンドの進化」が同時に存在する昨今では、“音質がいい”とか“音がいい”とか簡単に言えないなぁ……と難しい気持ちになっている。というわけで『AirPods Pro 2』は手放せないイヤフォンだが、音に関しては「聴こえが良い」ぐらいのテンションでまとめたい。
























