長瀬有花が見せた、ライブアーティストとしての開花 『LIVE TOUR 2024 “effect”』横浜公演レポート

長瀬有花が見せた開花  ツアー公演レポート

 RIOT MUSIC内のレーベル・汽元象レコードに所属し、二次元と三次元を自在に行き来する活動でバーチャル音楽の可能性を広げてきた“だつりょく系アーティスト”、長瀬有花。大阪と横浜を回る彼女の初ツアー『長瀬有花 LIVE TOUR 2024 “effect”』が開催された。ここでは10月12日の横浜ベイホール公演をレポートしたい。

 リアルとバーチャルそれぞれの姿で活動し、ライブごとにそれぞれの姿にフォーカスした公演や、途中で次元が切り替わる公演など、様々な形式のステージをおこなってきた彼女。この日はトレードマークになりつつある近未来的なゴーグルを着け、ギター、ベース、ドラム、キーボード、サックスを担当するバンドメンバーを迎えた全編リアルの姿でのステージ。自身によるノイズもくわえたフリーインプロビゼーション的な演奏の後、一転して深夜を思わせる静寂に包まれた会場に〈時刻は午前0時をまわりました/昨日のニュースをお伝えいたします〉と「fake news」の冒頭パートが響きわたり、ライブがスタート。バンドの演奏や歌が盛り上がってみるみるうちに長瀬有花ワールドが広がっていく。

 彼女の音楽の最大の特徴と言えるのは、脱力感たっぷりでふわふわと掴みどころのないウィスパーボイスと、相対性理論から矢野顕子あたりまでを彷彿させるジャパニーズポップスの粋を集めたような人懐っこいメロディ。その魅力はこの日も全開で、定番の人気曲「駆ける、止まる」「砂漠の水」や、ポリリズミックな電子音や彼女の歌が四つ打ちのダンスビートやバンド演奏とともに盛り上がった「近くて、遠くて」、間奏では民族楽器のカズーを使って原曲の印象的なギターフレーズを再現して盛り上がった「アフターユ」などで序盤から会場を盛り上げる。

 「異世界うぇあ」ではイントロから観客の手拍子が生まれ、「微熱煙」では静かな序盤から一転、後半に向けて爆音ギターやサックスが暴れるロックバンドのような展開に。続いて長瀬有花自身もギターを弾きながら歌った、kurayamisakaのメインコンポーザー・清水正太郎が手掛けた新曲「hikari」がはじまり、メランコリックなメロディと疾走感のあるギターサウンドが広がる。

 「ここからは思うままに、揺れたり止まったりしてください」と伝えると、ライブはさらにダンサブルな展開へ。「宙でおやすみ」を経て、カッティングギターやサックスが印象的なグルーヴ全開の「白昼避行」がはじまる頃には、横浜ベイホールはミラーボール輝くダンスフロアのよう。長瀬有花が「好きに踊れー!」と煽った途端、聴きなじみのあるフレーズが割り込むと、そのままシームレスに「ライカ」がはじまるなど、バンドとともに人力でDJのように楽曲を繋いで披露する様子も印象的だった。

 彼女のライブでは、同じ楽曲でも公演ごとにアレンジが変わることが多い。この日印象的だったのは、シティポップやジャパニーズポップスの系譜に連なるメロディやクラブミュージック由来のビートに加えて、ソウルやディスコ、ファンクのようなブラックミュージックからの影響が顕著になっていたこと。この日のライブでは、ゆるゆるとした雰囲気は残しつつも、バンドのリズムセクションやカッティングギター、ムーディーなサックスにはソウルやファンク、AOR的な要素が随所に垣間見えていた。長瀬有花の持ち前の“だつりょく”感に、横ノリの洒脱でダンサブルな要素が加わった不思議なグルーヴには、観客を巻き込んで踊らせる抗えない魅力がある。また、コンセプチュアルな全体の統一感を大切にしていた過去の公演と比べると、彼女自身が振り切れて一緒にライブを楽しんでいる姿も印象的で、真正面から目の前の観客と向き合うような臨場感が生まれていた。

 中盤には「やがてクラシック」「宇宙遊泳」といった彼女の人気曲を手掛け、ともに三部作のコラボ楽曲シリーズも行なっている今回のゲスト・mekakusheがステージに登場。白い衣装の2人がステージ中央で歌声をリレーしたり、互いに向き合ったりしながら「さみしい惑星」「宇宙遊泳」の2曲を披露し、新たなコラボ曲「クリーニング・ブルー」のリリースも発表。会場全体から特大の歓声が巻き起こった。

 続いてはMary J. Blige「Real Love」のイントロに合わせてバンドメンバー紹介がはじまる。やがて演奏は変化し、みるみるうちに「Sleeper's Store」へと繋がる。90年代のヒップホップ・R&Bにおける金字塔的楽曲にまで自然に繋がる振り幅の広さは、まさに今の彼女ならではだ。「ブランクルームは夢の中」では80年代のシティポップを彷彿させる軽快なディスコグルーヴやサックスソロを乗りこなし、佐藤優介が提供した新曲「われらスプートニク」では、AORやソウルなどの影響を感じるメロウなポップスが途中から怒涛のインプロ合戦に変化。ひねりの効いたポップさで会場を盛り上げる。

 ライブはいよいよ終盤。「最後まで楽しみつくしましょう」と伝えると、アーバンなアレンジに仕上がった「今日とまだバイバイしたくないの」ではサビで会場一体となって手を振ったり、合図をして声を大きくしたり小さくしたりと、観客と共に歌い、密にコミュニケーション。以降もイントロで歓声があがった「オレンジスケール」、楽曲の後半に向けてぐんぐん盛り上がっていった「プラネタリネア」を披露。「プラネタリネア」の後半では自身もエアギターをしながら音に乗って盛り上がる。

 一方、「次ははじめて歌う新曲です」と伝えてはじまったペペッターズの広村康平による新曲「遠くはなれる思考の書き取り」は、まるで生命体のように1曲の中でみるみるうちに拍子が変わる不思議なポップミュージック。もはや何拍子なのかも判別できない複雑な楽曲構成でありながら、人懐っこいメロディや歌は間違いなくポップでもあり、後半にはノイジーなギターが割り込んで上限突破していく、実験性と人懐っこいポップさとがひとつになるような雰囲気の楽曲だった。そして、最後は「ほんの感想」で晴れやかにライブを終えた。

 この日特に印象的だったのは、新曲がそれぞれ異なる音楽性になっていたこと。今年5月にリリースされたクリエイティブカンパニー・SASAKRECTとのコラボEP「きっとぱっと」(cat biscuitやOHTORA & maeshima soshiらが参加)の楽曲でも顕著だったように、現在の長瀬有花の音楽はさらに新たな場所へ、新たな形で花開きつつあるように感じる。そして、ライブという意味では、これまで以上に会場全体を盛り上げて引っ張っていくような、力強いパフォーマンスが何よりも印象的だった。掴みどころのないゆるふわな雰囲気はそのまま。けれども目の前の観客の手を握ってより熱狂へと誘うような、ライブアーティスト・長瀬有花の真骨頂を見た。

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