なぜ自治体がメタバースに本格参入? 『メタバースヨコスカ』制作の裏側を聞いた
コミュニティ内外のクリエイターが手を組むことで生まれた“意外な化学反応”
――ここから『メタバースヨコスカ』の内容面に踏み込めればと思います。まず、今回ワールド化に選ばれたのが「ドブ板通り商店街」と「三笠公園」だったのはなぜでしょうか?
小山田:初期のヒアリング段階から、「VRChatユーザーは写真を撮り、コミュニケーションを楽しむ人が多い」「ファッション方面が最近アツい」という話をうかがっていました。もともと3Dデータを保有している歴史遺産をVR化する案もあったのですが、観光施策ということもあり「まずはフォトジェニックな場所を押し出していこう」となりました。
そこで、横須賀らしい光景が見られることはもちろん、「横須賀のファッションといえばスカジャン!」という流れがあったこともあり、それならば「ドブ板通り商店街」がマッチするのではと選定しました。「三笠公園」に関しては、写真映えやインパクトも選出理由の一部ですが、実際に3D化してみると、やはり「戦艦 三笠」の大きさとシルエットがかっこいいなと思わされて、大正解でした。
――プロジェクトの始動時期と制作期間はどのような形だったんでしょう?
小山田:市役所の事業ということもあり、予算が使えるようになる4月頭のコンペからが実質的なスタートでした。4月いっぱいまでをコンペ期間とし、ゴールデンウィーク後に契約・始動、その後はずっと制作し続けていましたね。
――『メタバースヨコスカ』のオープンが10月末ですから、およそ半年。あの規模のプロジェクトとしては、結構短いような印象があります。
小山田:おっしゃる通りです。制作チームのみなさまには感謝してもしきれません……!
――特に、ワールド制作やの3Dアセット制作には、非常に多くのクリエイターがアサインされています。今回、クリエイターはどのように選出されたのでしょうか?
ぴちきょ:クリエイターのアサインは基本的に私の担当だったので、それぞれお話ししますね。
まず、スカジャンに関しては「この人だったら誰もが納得する」人選が必要でした。そのために、バーチャルファッションにくわしい一人で、友人でもある ゆいぴさんに、早い段階から相談に乗ってもらい、ディレクターとしてプロジェクトに参画してもらうことになったんです。
その後のスカジャン回りのアサインは、ゆいぴさんとの相談を交えて選出していきました。「EXTENSION CLOTHING」のアルティメットゆいさんはまさにその一人です。また、「拡散する必要もある」というゆいぴさんの発案で、アンバサダー制度を取り入れました。こうしたバーチャルファッション文化を踏まえた人選の上で、横地広海知さんというスカジャンのプロが監修に入られたのも大きいですね。
ワールドについても、誰もが納得のいくクリエイターさんを入れたいという思いがあり、実績豊富なVoxelKeiさんに制作をお願いしました。それから、サウンドデザイナーには音楽ユニット「TONEVOK」でVoxelKeiさんと一緒に活動されているR.Toneさんもアサインさせていただきました。もともと私が2年来のファンだったこともあるのですが(笑)、音楽を作るプロとして依頼させていただいた形ですね。
その後、プロップ(小道具)モデラーが足りないということで、以前から注目していた実力派のるらさんと、食べ物のアセット制作に定評のあるイカめしさん、過去に往来の別プロジェクトでもお世話になったkaizさんなどをアサインしていきました。
――さらにBGMとしてやまみーさんも起用されていますよね。クリエイターとの距離が近い往来さんらしい人選です。
ぴちきょ:音楽コミュニティなどを通じて個人的にお付きあいがあった方も多いですね。これまでプライベートで広がったつながりを、今回発展させていった形です。
その上で、今回は『VRChat』コミュニティ外のプロのクリエイターもお招きしています。プロップモデラーのSUTOさんはその一人で、たまたま「お仕事募集中」とのことだったのでご連絡させていただいたのですが、少ないポリゴン数でリッチな表現を実現されていて、ワールドのクオリティを大きく引き上げてくださいました。
また、コンセプトアートはkaitanさんにお願いしたのですが、これはpixivやSkebに投稿されていたイラストに一目惚れしたのが決め手です。
mehori:kaitanさんは、3D的な「奥行きをもたせた空間・背景」の表現が非常に得意なイラストレーターで、「広がる空間に並び立つ建造物に、人物が立っている」といった構図がすごく上手な方なんです。まさにメタバースと親和性がある作風で、「ぜひお願いしたい!」とチームが全会一致だったんですよ。ダメ元でのご依頼でしたが、ありがたいことにご快諾いただき、すばらしいコンセプトアートを手掛けていただきました。
SUTOさんも、「スーパーロボット大戦」シリーズなどのお仕事をされていたプロのCGクリエイターなのですが、じつはVR関連の制作は今回が初とのことでした。後々感想をうかがったのですが、「いい刺激になった」と好意的な反応をいただいたのが印象的です。
――コミュニティ外のプロをアサインされた狙いはなんでしょうか?
ぴちきょ:多様性のある座組から、新しいものを生み出したいという想いがあります。
私自身が5年弱ほど『VRChat』をプレイしていて、コミュニティにすごい方がたくさんいることはもちろん知っていました。一方で、そろそろさまざまな「業界のプロ」を“新しい風”としてこの世界にも招き入れるフェーズなのではないかなと、1年ほど前から考え始めていたんです。それを初めて実践したのが、この『メタバースヨコスカ』でした。
『VRChat』コミュニティ側にとっても、「ワールド制作」と「ファッション」、それに「音楽」では、それぞれが異なるコミュニティとして独立していて、あまり交わりがないのが現状です。それをひとつにまとめてつなげたときに、新しいセグメントや、よりよいクリエイティブの世界が生まれるんじゃないかなと思い、今回数多くのクリエイターにお声掛けした次第です。
これまでにない取り組みでしたが、小山田さんや横須賀市の理解が深くて早いこともあり、今回実現することができました。
同じ意識レベルをもつクリエイター同士であれば、内・外に関係なくシナジーが生まれる
――参加されたクリエイターの方々からの反応はいかがでしたか?
ぴちきょ:とてもよかったと思います。お互いに相談し合い、リスペクトが深まっていく様子が、Discordサーバーのやり取りからも見えていました。
mehori:ワールド制作中の一幕で言えば、SUTOさんには背景に映る、ワールドの世界観を印象づける重要な部分の制作をお願いしていたのですが、あるとき制作中に「VRの世界での常識だとどうするべきか」という質問が投げかけられました。それに対して『VRChat』側のクリエイターからアンサーがあり、それを得たSUTOさんからも後に「こうしたほうがいいのでは」と申し出をしてくださったり、相互に働きかけながら制作が進んでいたんです。
フィードバックから、自分の得意な分野でインプットし、その結果ワールドのクオリティが上がっていく……という現象が、僕らの手を離れたところで起こっていたのを見て、「クリエイターが本気になって取り組み、楽しむ」というこの企画の本懐が、制作段階で成功したなと感じた次第です。
――コミュニティ外のクリエイターが参加しても、コミュニティとうまく協働できそうな段階に入っていると証明されたプロジェクトでもあったのですね。
ぴちきょ:そうですね。同じ意識レベルをもつクリエイターであれば、よいシナジーが生まれるんだとあらためて感じました。みなさんの「いいものを作りたい」という思いが強く、それが一つに合わさったんだと思います。
小山田:制作が終わったあとも、関わったコミュニティ外のクリエイターが「こんなアツい世界があるんだよ」と伝えてくれるきっかけになるかなと思います。そういう意味でも、クリエイターの方々が本気になるプロジェクトとしてお手伝いできていたらな……と個人的に願っています。
もちろん横須賀市としても、関わっていただいた方が多いほど、それぞれでご発信いただき、それを見たファンの方へとリーチできますから、広報の面でも間違いなく助かっています。
――そのほか、制作の印象的なエピソードや、こだわったこと、大変だったことなども教えてください。
小山田:スカジャン制作は大変だったと思います。横地さんは「横須賀の伝統的なスカジャン」を知る方なので、監修はとにかくこだわっていました。ここに切り返しがある、チャックはここ、背中の柄もしっかり刺繍っぽく加工する……といった、細かなところまで3Dモデラーさんといっしょにすり合わせていましたね。おかげでスカジャンのクオリティはものすごく高いものに仕上がっています。
ぴちきょ:それから、ワールドのQuest対応(※)や軽量化も難題でした。どうしても容量の制限があるので、たくさん詰め込みたいものがあるなかで、テトリスのように「なにを優先して、なにを削るか」ということを考える必要があるんです。そこに関しては、日々チームで試行錯誤していましたね。それから、スカジャンについてもQuest対応した際に違和感のないような調整を進めているところなので、Quest単体ユーザーのみなさんも楽しみにお待ちいただければと思います。
mehori:意外に苦労したところでいうと、ワールドの方向性を決めるブレインストーミングには、2ヶ月ほどの時間を費やしています。いま流行りの生成AIも活用して、ワールドに関するイメージをたくさん用意し、細かく詰めていったんですが、これがかなり大変でした。
いかにも「サイバーパンク」な世界観にしてしまうとやりすぎですし、逆に横須賀をそのまま再現しても「現地に行かなくても、メタバースでいいじゃん」となり、現地に来てくれないかもしれない。だから、少しだけ未来感を演出するくらいにとどめ、そのうえで「ドブ板通り商店街」らしさも残しつつ……ということで「未来の人もいまの横須賀をなつかしく思って大切に思っている」という雰囲気を、物語のように説明する。そんな絶妙なバランスを、試行錯誤で探っていきました。
企画段階でも、横須賀市の方には「完全再現しては観光施策になりません」と強く言ってあって、それに市の方も大いに同意していただいたんですが、自由度が高まった分、方向性についての悩みは深くなっていましたね(笑)。
【※ワールドのQuest対応……PCと接続せずに『Quest』のみを利用して『VRChat』をプレイするユーザーの場合、ワールドのファイルサイズが一定以下であることや、対応した形式となっていることなどの制限が課される】
――たしかに、完全再現では観光施策にならないものの、“やりすぎ”ても観光施策にはならない。難しいバランスですね。
mehori:そこで大いに助けられたのが、kaitanさんのコンセプトアートです。たとえば、三笠公園の頭上に未来的なモノレールが走っていたり、街の上に「浮遊する建物」がありますよね。これ、実はコンセプトアートが発祥なんです。そのコンセプトアートも、我々からkaitanさんへ生成画像を提供して「こんな風にしていきたい」とイメージを伝えたことで、kaitanさんからスパッと出てきたものだったんです。
これがもう「まさにそのものだ!」とチーム全員が感激したものでして。ラフの段階で相当な完成度だったこともあり、ワールドの方向性を定める大きな助けになってくれました。なので自然と、ワールド制作においても、コンセプトアートにある細かなものまで作る流れになっていて、本当に「みんなで作り上げてきた」という実感がありますね。
ぴちきょ:ラフの段階で「もう完成じゃないの!?」みたいな雰囲気になりましたよね!
mehori:とはいえ、もしほかのプロジェクトで似たような施策をやるときに「まずはコンセプトアートを作りましょう」とアドバイスできるかといえば、そうではないことはお伝えしておきたいです。大元のイメージや情報を、しっかりと整理して提示し、その上でクリエイターの創造力が触発されるように見せなければいけない点には、留意してほしいところです。
小山田:ちなみにあのコンセプトアートには、よく見ると奥に「猿島」が描かれています。すでに以後の展開の“布石”も全て込めてあるので、ぜひチェックしてみてください。