なぜ自治体がメタバースに本格参入? 『メタバースヨコスカ』制作の裏側を聞いた

『メタバースヨコスカ』制作の裏側を聞く

 神奈川県・横須賀市が推進するメタバースプロジェクト『メタバースヨコスカ』。その第1弾として10月末、ソーシャルVR『VRChat』にワールド「DOBUITA & MIKASA WORLD」が公開された。

 横須賀市の「ドブ板通り商店街」と「三笠公園」をモチーフにした、このワールドの制作チームには、『VRChat』で人気を博すクリエイターらが多数名を連ねた。そのメンバーの豪華さは、ワールドのクオリティと合わせて大きな話題となった。

 さらに、ワールドの公開に合わせて、「スカジャン」の3Dモデルやアバターの素体など、多数のハイクオリティなアセットが無料配布された。スカジャン3Dモデルの制作には、人気のバーチャルファッションブランド「EXTENSION CLOTHING」を手掛けるアルティメットゆい氏が、アバターの制作には著名なVRoidアバタークリエイターでVTuberとしても活躍するLUCAS氏が参画しており、『VRChat』ユーザーからも驚きをもって迎えられた。

 11月初頭には人気のバーチャルアーティストを招いた音楽ライブも開催された『DOBUITA & MIKASA WORLD』には、現在も数多くのユーザーが訪れている。「スカジャン」の3D衣装を着用する者も増加しており、本プロジェクトは初動から大きく成功したと言えるだろう。

 そんな、ワールド公開と3Dアセット配布の同時展開という類を見ない企画が、横須賀市からどのように生まれたのか。今回、横須賀市の担当者である観光課・小山田絵里子(Dropkix)氏と、制作を主導した株式会社往来の代表・ぴちきょ氏、同社アドバイザーのmehori氏にインタビューを実施。プロジェクト始動からの流れや、制作の舞台裏、公開から現在までにどのような反響があったかを伺った。

◆横須賀市文化スポーツ観光部観光課・小山田絵里子(Dropkix)
ゲーム・アニメ・WEB担当として様々なIPとのコラボを担当。主にIngress、Pokemon GO、シェンムー、アズールレーン、モンハンなどのイベントを担当。ゲーム好きが高じてe-Sports事業の立ち上げを企画。座右の銘は「夢中に勝る努力なし!」 好きなゲームはVALORANT・原神。

◆往来・ぴちきょ
スマホ周辺機器メーカー「Cheero」へ立ち上げから参加し『ダンボーバッテリー』などのヒット商品を手がける。2021年3月にVRメタバースマーケティングを中心とする株式往来を作り『VRと仮想空間』を出版。主な事業内容は『VRChat』を活用した企業World構築やイベントプロデュース。

◆往来・mehori
 ブロガー・研究者・著者として、テクノロジーや知的生活をテーマにした情報発信をおこなっている。VRメタバースではワールド制作におけるアドバイザーとして活動。

はじまりは『Ingress』から――横須賀市の“一歩踏み出した”観光施策の歴史

――まず、『メタバースヨコスカ』はどのように始動したプロジェクトなのでしょうか?

小山田:もともと私がサブカルチャー好きだったこともあり、横須賀市でサブカルチャーとからめた企画を推進してきていたんです。『VRChat』には早くから可能性を感じていて、構想自体は2〜3年前からあり、視察も行っていました。そして、今年になって補助金の認可が下りたことで、正式に始動したんです。

――数あるプラットフォームから『VRChat』を選定されたのはなぜでしょうか?

小山田:当初から、複数のプラットフォームはもちろん、独自プラットフォームの開発なども検討してはいました。ただ、観光施策ということもあり、やはりたくさんの人が来てくれるプラットフォームを選ぶほうがよいだろうと、「既存のプラットフォームを使う」という方向性は早くに決まりました。そのうえで、クリエイターの皆様にも楽しんでもらえるような企画にしたかったので、クリエイターがより活発に楽しんでいる『VRChat』を選びました。

――自治体の施策が、市民やユーザーではなくクリエイターにフォーカスしているのはめずらしい事例かと思います。どういった経緯でこの形になったのでしょうか?

小山田:私自身がゲーマーだったこともあり、“外から企業が入ってくるようなキャンペーン”があまり好きじゃなかったんです。どちらかといえば、ユーザーが喜ぶキャンペーンで「わかってるじゃん!」と思わせてくれるようなイベントのほうが、グッと来るし、好きになるタイプでした。だからこそ、タイアップするもの、今回でいえば『VRChat』の世界観やコミュニティを守るような企画にしようと意識しました。

mehori:小山田さんはもともと、「熱量あるコミュニティ」を本気にさせるような企画を数多く手掛けてきた実績があります。『Ingress』や『ポケモンGO』と横須賀市のタイアップ企画がその一例です。「UGC(User Generated Content)文化の根強いメタバースだからこそそこに着目し、どうすればクリエイターが触発されて動いてくれるだろうか……とお考えになったのかなと、以前から面識のある身としては感じています。

――『Ingress』は位置情報ゲームの中でもかなり初期からあるタイトルですよね。『Ingress』に注目し、タイアップに至った経緯についてぜひお聞かせいただければ。

小山田:私はもともと非常勤のWebデザイナーとして観光課に在籍していたのですが、当時『Ingress』をプレイしていて、「これは仕事と繋がりそうだな」と直感したんです。

 それでリサーチをしていたら、新聞記事で『Ingress』についてコメントしていた おおつねまさふみさんの記事を拝見して。おおつねさんがたまたま横須賀在住だと知ってすぐ「もし横須賀で『Ingress』のイベントをやるとしたら、どんな取り組みがいいですかね」と話をうかがったんです。それが、いまもやっている、「コミュニティに会って話を聞き、吸収して落とし込む」という動きの始まりです。

 最初は予算がない状態だったんですが、「自分でホームページ作るんでやらせてください」と上司にお願いして、実際にイベントも開催しました。おかげで、それなりにお客様も来ていただいたイベントとなり、これが実績になって、いまでも観光課で様々な企画を手掛けさせてもらっているんです。

〈引用:https://www.cocoyoko.net/ingress/route/mikasaroute.htmlより〉

――「ホームページを自分で作るからやらせてください」が通るって、行政組織にしてはとてもフットワークが軽いですね!?

小山田:歴史遺産などの観光地を活用する普通の施策・プロモーションは別のチームもやっているのですが、なかでも観光につながる施策は、柔軟にいろいろチャレンジする姿勢がそもそも市としてすごく強いんですよ。

 横須賀市は、神奈川県の中でもかなり端にあるので、外から訪れるにはちょっとがんばらないといけない、そんな場所です。なので「一歩踏み出した企画にしていかないと、人に来てもらえない」。そんな意識が職員の中に共通していて、当時の上司も「いいよ!」と快諾してくれました。

――そもそも市全体として新規プロジェクトに積極的なんですね。その後はどのようなコンテンツを手がけられてきたんでしょうか?

小山田:『ポケモンGO』のほかにも、『シェンムー』や『アズールレーン』、『ハイスクール・フリート』など、横須賀市とつながりのあるコンテンツが多いですね。それらのファンにも刺さるような、ちょっとおもしろい切り口の取り組みを手掛けてきました。

〈引用:https://www.cocoyoko.net/event/shenmue2.htmlより〉

――いずれもかなりディープなコンテンツですが、サブカルチャーとのタイアップは効果があるのでしょうか?

小山田:よく「サブカルチャーとのコラボって一過性に過ぎないから、やる意味ないんじゃないの?」と質問されるのですが、何回も実施していった結果、いまやゲーム会社さん側から「プロモーションとして横須賀市を活用できないか」とお声がけいただくようになってきました。なので、都市魅力の向上につながっている実感があります。

 一般の方に横須賀市に来てもらいたいのは当然ですが、それ以上に都市魅力を向上して、 「横須賀ならフットワーク軽そうだし、声かけてみようか」と、企業の方にもビジネスチャンスを感じていただけるようにしたいですね。

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