VR/触覚研究者・亀岡嵩幸に聞く、“バーチャルと身体の現在地“ 「とても良いデバイスでなくともいい、将来の土壌を作ることが重要」

コロナ禍で感じた、研究者が向き合うべき課題

――亀岡さんは2010年代半ばから研究をされていますが、コロナ禍に入って以降は一般的な人がバーチャル内での体験を求めるようになったり、研究内容がメディアにフィーチャーされたりすることが増えていると思います。ご自身のやっている内容が注目されることによって新たに芽生えた感情などはありますか?

亀岡:触覚研究者としては期待であり反省でもあるんですが、たとえば遠隔地にいる親子がハグなどの身体コミュニケーションを取りたい場合に遠隔でハグができるシステム(※1)を提案している人がいます。そういった「特定のシチュエーションにおいて触覚が使えるプロダクト」はあったんですが、コロナ禍のように一気に多くの人が「遠隔触覚を使いたいんだけどどうすればいいの?」という状況になったときに、触覚研究者がまったく対応できていない状況には思うところがありました。もちろん、コロナ禍は体験したことがない未曾有の危機だったので、それに対応しておけというのは酷な話ではあるんですが……。

〈※1:Cheok, A.D., Zhang, E.Y. (2019).「Huggy Pajama: Remote Hug System for Family Communication. In: Human–Robot Intimate Relationships. Human–Computer Interaction Series. Springer, Cham.」〉

 遠隔触覚が対応できなかった理由としては、ハードルが高かったこともあるんです。触覚を再現するデバイスの部分や通信網の話はまだ追いついていない部分もあって。リアルタイムのコミュニケーションの遠隔通信を実装するのはすごく大変で、聴覚や視覚体験は60FPS程度で問題ないんですが、触覚体験は大体1000kHzとかの周波数、制御ループが必要になってくるんですね。それくらいないと、握手をしたときに相手が腕を振ったら自分に感覚が返ってくるといった処理をすることができないんです。とはいえ現在のプラットフォームは基本的に映像を基盤に作られているので、まったく制御力が足りない。そういった問題もあります。

 このようにハードルが高いからというのもあるんですが、とはいえ私達触覚研究者が遠隔触覚の必要性を訴えていたにも関わらず、それに対して本当に実装したらどうなのという部分に対してなにもできていないのは申し訳ない気持ちもあります。なのでそこを切り込んでいく研究をしていかないといけないのではと思っています。私としては、触覚研究者が触覚に対して、それは本当に効果があることなのかということを、疑いの目を持ちつつ考えることも必要だと思っているんです。私はバーチャルの世界でも暮らしていますが、視覚と聴覚の体験だけでもコミュニケーションは問題なく取れているし、絆を深められているとも思っています。となると、「じゃあ触覚は実は必要なかったのでは?」とふと思ったりもするんです。特にコロナ禍に入ってからは、コミュニケーションに関して触覚がどう貢献できるのかということを考えないといけない時期なのではないかと考えています。

――コロナ禍でそういった自分たちの意義に直面したときに、そもそもコミュニケーションにおいて触覚は本当に必要なのかと早い段階で気付けたのは亀岡さんがバーチャル学会をやられていて、マルチな視点を持っているからでもあると感じます。亀岡さんがバーチャル学会を立ち上げた経緯についてもぜひ伺わせてください。

亀岡:2017、2018年ごろからHMDの技術やVRプラットフォームが盛り上がっていて私も参加していたんですが、VRプラットフォームでの人とのやり取りは現実に劣るものではないと思ったんですね。VRの世界は現実の世界と共存して、現実と同じような形でこれからいろんな価値が生まれていくと思ったんです。そこで私がアカデミックの側面からできることは何だろうと思ったときに考えたのが、学会開催ということでした。

亀岡嵩幸/ふぁるこ

――おそらくこういったことをやっているからこそ、他分野の研究者と繋がる機会も増えて視野が狭まらずにいられるのかなとも思いますが、いかがですか?

亀岡:そうですね。私の専門はやはり「触覚」や「HCI(Human Computer Interaction)」といった“人とデバイスの関係性”を提案していくというテーマなので、そこに軸足を置きつつ色んな方のお話を伺えるのは面白いです。

 それから、これは実際にやってみてわかる面なんですが、アバターをまとっていることは人間の認知に影響を与えると思っているんです。初対面の人に出会ったときにリアルほど危機感をおぼえたり緊張することなく話せたりするんですね。実例としても、話していて、実はその方が思っていたよりも年下だったり、年上だったり、それでも全く気にせずに話していた、といったこともあったりします。こうした例のように、社会的地位や身体的な影響をフラットにした議論がしやすいというのは良い点だと感じています。インターネットコミュニティの雰囲気を残しつつ、より深いコミュニケーションを取れる場所としてクリエイティブにいい環境だと感じますね。ここでの会話を通して研究のアイデアをもらったり新たな動きに繋がることもあるので、いい環境だなと感じています。

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