90年代女子高生の必携ガジェット”ポケベル”の歴史 その栄華と衰退をたどる

「ポケベル」の栄華と衰退をたどる

 テクノロジーの世界は日進月歩。次々と新しい規格や技術が登場する一方で、かつて花形だった技術や機器がまったく使われなくなることも珍しくはない。若い世代と会話をしていて世代のギャップに驚く人も少なくはないことだろう。

 本連載はほんの10年、20年前までは普通に使われてきたが、いまはほとんど使われなくなってしまった懐かしの技術にスポットライトを当て、当時を知る人たちには懐かしさを、知らない人たちにもその技術の背景や使われ方などをお届けする用語解説記事だ。第四回の今回は「ポケットベル」について。携帯電話普及前に大流行した、モバイルコミュニケーションデバイスについて振り返ってみよう。

・一方通行のコミュニケーション

 ポケットベルとは、携帯電話回線を使った呼び出し用のデバイスだ。日本での正式な呼び方は「無線呼び出しサービス」、英語圏では「Pager」(ページャー)や「Beeper」(ビーパー)と呼ぶ。「ポケットベル」という呼び名自体は、最初にこのサービスを開始したときの電電公社(NTTの前身)が名付けたものだ。後のNTTドコモ時代には「クイックキャスト」という名前になっていたが、すでに「ポケットベル」という呼び名が定着しており、それを略した「ポケベル」という愛称が一般的だった。

「NTTドコモ インフォネクストB55」Photo by asamoto(CC BY-SA 3.0

 

 ポケベルがどのようなものかを理解するには、ショッピングモールのフードコートや大きな病院で、注文した料理ができたり、診察の順番が回ってきたりしたときに合図を受け取れる呼び出し機を想像すると良いだろう。ポケベルは似たようなことを電話回線を通じて行うものだと思えばいい。どこにいるか特定できない相手に対して連絡を取るため、電波を利用し、携帯するのに無理のないコンパクトで軽量なデバイスを使ったサービスとして生まれたのがポケットベルなのだ。

 歴史はかなり古く、1958年に米オハイオ州で開業した「ベルボーイサービス」が元祖だという。日本では1968年、前述のように電電公社が東京23区内で開始した。携帯可能な電話サービスが始まったのは1985年に登場した「ショルダーホン」なので、実に17年ものアドバンテージがある。これだけ昔のことなので、双方向通信や音声通話など夢のまた夢だし、小型化にも限界があり、初期の機種は200g以上あった(最終的には50gを切る)。

「日本電信電話公社の自動車電話100型(ショルダーホン100型)」 Photo by Yoh-Plus(CC BY 4.0

 初期のポケベルは音を鳴らすことしかできず(LEDが光るものもあった)、鳴ったときは会社など、決まったところからの呼び出しという位置付けだった。それでも携帯電話のない時代には便利だったので、会社の営業職や医者など、緊急の連絡が必要、あるいは電波を発信できない職種に受け入れられていった。

 1980年代に入って、電電公社が民営化、さらに新規参入事業者(NCC)の登場により、ポケベル事業者が全国に多数現れた。その先駆けになったのが熊本の「九州ネットワークシステム」で、1986年に設立され、1987年に無線呼出サービスを開始した。1990年代にはこうした地域NCCが全国で30社以上も営業していたのだ。

 ちなみにNCCの無線呼出は基本的に県単位での事業となり、申し込んだ県内にいないと呼び出しが届かないといったこともあったようだ(一応、県より広く呼び出せるワイドエリアサービスもあった)。NTTも基本エリアは県単位で、北海道、東北、中央(関東)など全国を9つのブロックに分けて営業していた。

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