懐かしいテクノロジー技術解説
「保存」のアイコンに現在も生きる、フロッピーディスクの今昔
テクノロジーの世界は日進月歩。次々と新しい規格や技術が登場する一方で、かつて花形だった技術や機器がまったく使われなくなることも珍しくはない。若い世代と会話をしていて、世代のギャップに驚く人も少なくはないことだろう。
本連載はほんの10年、20年前までは普通に使われてきたが、今はほとんど使われなくなってしまった懐かしの技術にスポットライトを当て、当時を知る人たちには懐かしさを、知らない人たちにもその技術の背景や使われ方などをお届けする用語解説記事だ。第一回の今回は「フロッピーディスク」について。
・「やわらかい」からフロッピーディスク
Excelのクイックアクセスツールバーにはいくつかのアイコンが並んでいるが、その中の「保存」アイコンには、多くの人がお世話になっていることだろう。しかし最近の若い(30歳未満の)世代では、このアイコンがなにを意味しているのかがわからない人が大半を占めているという。このアイコンこそが、かつてパソコン用の「大容量」保存メディアとして一斉を風靡した「フロッピーディスク」なのだ。
左がWindows用Excel、右がMac用Excelのツールバー。どちらも同じ「保存」ボタンのアイコンだが、よく見るとWinとMacではアイコンが180度回転している。角が斜めに欠けていて、四角い部分(シャッター)が小さいほうが上になるのが3.5インチフロッピーの「正しい」姿だと思われる(大きい方の四角い部分はラベル)
フロッピーディスクは、磁性体を塗った薄い円板に磁気ヘッドでデータを書き込んだり、読み取ったりする磁気メディアの一種だ。元々は米IBMが1971年に開発したもので、当時の製品名は「フレキシブルディスク」と言った(ちなみに日本のJIS規格でもフレキシブルディスクと呼ぶのが正しい)。
参考:https://www.ibm.com/ibm/history/ibm100/us/en/icons/floppy/
フレキシブルは「しなやかな」といった意味を持つ形容詞で、フロッピーにも「だらりとした、やわらかい」といった意味がある。どちらも、磁性体を塗った薄い円板がソノシートのようにペラペラとした薄い樹脂(PET)製であることから付けられた名前、あるいは愛称だ。ちなみに磁気ディスクに磁気ヘッドで書き込むという構造自体はハードディスクと変わらず、硬い金属板をディスクに使う「ハード」ディスクに対して柔らかい「フレキシブル」なディスク、という意味がある。
それまでのコンピュータの記録媒体は、古くは「パンチカード」(厚紙でできたカードで、穴の開け方でデータを表す)や「データレコーダ」(データを変調して音声化し、アナログな音として磁気テープに記録。それを再生して読み込めば再びデータとして利用できる)が主流だった。これらは安価だがデータは連続して記録するしかなく、容量が小さい、ランダムアクセスができない、速度が遅いといった問題がある。
これに対してフロッピーディスクでは、ディスクが同心円状の「トラック」に分かれており、トラックはさらに幾つかの「セクタ」に分けられている。データは同一トラック上のセクタに書き込まれ、複数のセクタをまたがって記録することもできる。ディスクは300〜600rpm程度で回転しており、トラックとセクタを指定することでランダムアクセスが可能だ。何度も読み書きができたが、間違って上書きしないよう、カセットテープなどのように「ライトプロテクト」の仕組みも用意されていた。
初期のフロッピーディスクは大型だったが、後期に主流となった3.5インチ型はポケットに収まるほど小さく、また頑丈でもあったので、いまで言うUSBメモリ感覚でデータをやり取りするのに使われた。こうして1980年代から2000年代前半にかけて、フロッピーディスクはデジタルデータの流通を担う最も重要なメディアとして、雑誌などの付録にも使われるなどして一世を風靡した。
・フロッピーディスクはなぜ消えたのか
フロッピーディスク自体は極めて広く普及していたが、コンピュータの性能が上がるにつれて扱うデータのサイズも大きくなり、フロッピーディスクでは容量が足りなくなってくる。また、フロッピーディスクはコンピュータから見ると非常に遅いデバイスであり、2000年代には接続インターフェースなども含めて、パソコンの足を引っ張る「レガシーデバイス」として認識されていた。マイクロソフトとインテルもレガシーデバイスとしてのフロッピーディスクを排除するべく頑張っていたのだが、いざというときの緊急ディスクのために必要とされていたり、官公庁などでデータのやりとり用に指定されていたこともあって、なかなかすぐには消滅しなかった。
1990年台初頭はCD-ROMが登場し、CDドライブを標準搭載したパソコンが一般的になると、ソフトの配布メディアとしてCD-ROMが主流になる。さらにCD-R/RWが手軽なリムーバブルメディアとして普及したこと、2000年代に入ってフラッシュメモリを採用した、いわゆるUSBメモリが普及したことで、フロッピーディスクの需要はほとんどなくなった。
先日、河野太郎デジタル担当相が「行政手続きからフロッピーディスク提出の条項を撤廃する」と発言して注目を浴びた(実際にはフロッピーだけでなくCD-Rなども含めた記録媒体提出を撤廃してオンラインに移行したいという意図だったようだ)。実のところ、いまの官公庁がフロッピーばかり使っているわけではなく、ちゃんとネットワークやオンラインも利用しているのだが、いかにも時代遅れな”お役所”のイメージに合致することからフロッピーが注目されたようだ。
・フロッピーの種類
市場で普及したフロッピーディスクには主に3つのサイズがある。それぞれの特徴を見ていこう。
8インチ
1971年に登場した最初のフロッピーディスクは直径200ミリ=約8インチと巨大なものだった。開発当初はケースがなかったが、埃や指紋がついてしまうなど使いづらいために、すぐに薄い樹脂製の真四角なカバーに納められた。これは内側に不織布の埃取りを仕込んであり、ヘッドがアクセスする場所には穴が空けられている。初期は容量80KBで読み込み専用だったが、その後読み書き両対応のドライブを開発。容量も最大で1MB以上まで拡張された。基本的には業務用システムで使われることが多く、一般ユーザーはほとんど利用する機会がなかった。日本でも工場など、改変をほとんど必要としないシステムでは8インチフロッピーディスクが長い間使われてきた。筆者も印刷所の写植システムで、団扇のように巨大な8インチフロッピーを使っているところを1990年代末に見たことがある。
5インチ
1976年に米シュガートアソシエイツが円盤の直径が130mm=約5.25インチのディスクを開発した。5.25インチだが、面倒なので「5インチ」と呼ばれることも多かった。サイズは小さくなったものの、基本的な構造は8インチと大きく変わらず、樹脂製のカバーに入っている点なども同じだった。容量は当初95.5KBだったが、最終的に1MB近くまで拡張された。Apple IIやIBM PC/ATを含む80年台の8ビットパソコン(マイコン)ブームの際にはかなり普及が進み、カセットテープからフロッピーディスクに切り替えるユーザーも増えた。日本でもPC-8801シリーズやPC-9801シリーズ、FM-7シリーズなどは5.25インチフロッピーディスクドライブを搭載したものが多かった。
3.5インチ
1980年にソニーが直径85mm=約3.5インチのフロッピーディスクを開発、翌年に自社のワープロ専用機に搭載する(参考:https://www.sony.jp/rec-media/history/index02.html)。メディアは高品質なプラスチックのケースに収められ、8インチや5インチのメディアよりも信頼性が高くなった。このドライブがアップルのMacintoshやAmiga、Atariなどで採用されたこと、さらには5インチディスクと比べるとサイズが半分以下と小さいことや、メディアそのものが丈夫で折れたりしにくいことなどから、急速に3.5インチが主流になっていく。この頃登場したノート型PCやポータブルのワープロにも組み込みやすいサイズであることも、採用の大きな理由になったのだろう。最終的には3.5インチフロッピーディスクが市場を席巻し、Excelなどのアイコンも、この3.5インチフロッピーがモデルになっている。容量は400KBからスタートし、最終的には1.44MB(HD)が多く使われている。実は2.88MBの「ED」という規格も存在したが、まったく普及しなかった。