連載「横山克のRemote Recording Guide」第一回(ゲスト:景山将太×橋口佳奈)
レコーディングにおける日本的手法の限界って? 横山克×景山将太×橋口佳奈が語り合う
ももいろクローバーZやイヤホンズへの楽曲提供者でもあり、アニメ『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』『Fate/Apocrypha』、映画『ちはやふる』『弱虫ペダル』、朝ドラ『わろてんか』やドラマ『最愛』 など、数々の作品で劇伴を担当する音楽家・横山克。彼による短期連載「Remote Recording Guide」がスタートする。
同連載は、世界各国にわたってレコーディングを行い、リモートレコーディングの重要性に改めて気づいた横山が以前のインタビュー「横山克が語る、機材で『テクスチャーを作る』ことの重要性 日本のレコーディングスタジオへの提言も」で語っていたように、日本のレコーディング事情に課題を感じていることを踏まえて株式会社Plugnoteを設立したことや、日本のストリングス・ミュージシャンとスタジオで制作した音源「TOKYO SCORING STRINGS」をIMPACT SOUNDWORKSと作ったことを受け、さまざまな音楽家とこれらのテーマについて話していこうというもの。
初回となる今回は、ゲーム『ポケットモンスター』シリーズや『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズ、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会への楽曲提供などで知られる景山将太と、ドラマ『群青領域』『らせんの迷宮 〜DNA科学捜査〜』やアニメ『A3!』などの音楽を手がける橋口佳奈の2人をゲストに迎え、リモートレコーディングやオーケストレーションについて語り合ってもらった。(編集部)
リモートレコーディングにおける“2つの利点”
ーーまずは横山さんがリモートレコーディングを始めたきっかけやタイミングについて教えてください。
横山:これは、僕が「なぜ作曲家は東京に住まなければいかないのか」という疑問を抱いたことからはじまっていて。いろんな作品の音楽を担当させていただくにあたって、東京だけで制作をしていると、感性がどんどん石のようになっていくんですよ。『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の音楽を担当したくらいの時期から旅行が好きになって、旅に行くことで自分の感性が柔らかくなるのを深く実感したんです。そんな『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』では、プロジェクトの規模が大きかったこともあり、絶対に海外で録りたいという思い現地で録音を行ったのですが、そこで彼らが普段リモートレコーディングを行っていると聞いて興味を持ちました。その後、『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の追加録音があるときぐらいからリモートレコーディングという手段を使う事が多くなりました。
日本でのレコーディングは間もなく20年ほどやっていますが、正直「こうやれば成功するでしょ」というやり方は身体に染み付いてしまっています。それはクリエイティブにとって最も危険だと思っていて。その状況を打破したい、刺激を受けたいという気持ちで、海外レコーディングをリモートで始めていきました。それらに当初は私のアシスタントとして、いまは作家・オーケストレーターとして付き合ってくれているのが、今回のゲストのひとりである橋口佳奈さんです。そして、直近で私達がリモートレコーディングのお手伝いをさせていただいた景山さんを、もうひとりのゲストとしてお招きしました。景山さんが初めて海外レコーディングを行ったのは、チェコでしたよね。
景山:そうですね。2016年ごろだったと思うんですが、実は初めてオーケストラをレコーディングしたのが海外で、そのあとに日本のオーケストラを録音したんです。そのときに海外と日本の文化や音楽の解釈の違い、レコーディングに対する考え方や進め方、手法が何から何まで違うものだというのを知りました。今回リモートレコーディングをすることになったのはコロナ禍であったことの影響が大きくて、もしコロナで禍でなければ、現地に行ってレコーディングすることも視野に入れていたかもしれません。今回『ラグナドール』というダイナミックにレコーディングができる作品の案件を依頼いただいたので、以前から親交のあった横山くんをお誘いしました。横山くんとはこれまでにも何度かリモートレコーディングについての話は聞いたことがあって、その利点は詳しく聞いていたんです。
横山:当時から話していたのは、リモートレコーディングには主に2つの利点があるということで。ひとつが「離れた地域の人とやる」ということ。もうひとつが「日常的な仕事のインフラを変える」こと。作曲家の仕事は創造力を生むことだとずっと思っていて、曲を書くことだけが仕事ではないとずっと言い続けているんですが、どちらの利点においても、リモートレコーディングは非常に強力なツールなんです。だからこそ、リモートレコーディングで一番大切だと思うのは、技術があることだけではなく、コミュニケーション面やルールを一致させること、というアナログなことばっかりだと思っているんです。
ーー「ルール」ですか。大きいものから細かいものまであると思うんですけど、具体的にはどういうものがあるんですか。
横山:入り口としては、楽譜に関するものですね。僕たちは『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』が初めての海外レコーディングだったのですが、オーケストラをレコーディングしてくれるプロダクションさんが「スコア・プルーフリーディング」という過程を用意してくれたので、そこでかなり勉強させてもらいました。「スコア・プルーフリーディング」では、こちらが作ったスコアを事前に読み込んでもらい、様々な記譜ルールのチェックや、いくつかの修正を重ねます。事前にルールブックを頂き、担当してくれるのはデイビッド・クリスチャンセンというコンポーザー・オーケストレーターで、コンポーザーに近いところだと、Native Instrumentsのオーケストラ系の音源をいくつか手がけていたりもする方です。具体的なポイントについては、橋口が詳しく話せると思います。
橋口:日本は作家さんによって各々フォーマットが違いますが、海外の場合は楽譜の書き方についてある程度ルールが統一されているように感じます。そのなかでも一番分かりやすい日本との違いは曲頭に「#」や「♭」などの「調号」を書かないことですね。ハリウッド作品では、1曲の中でどんどん転調したりする曲が多い、というのが理由で、基本的にはすべて臨時記号で書かなければなりません。あとは、全部縦のA3サイズで楽譜を作ったり、小節記号を必ず譜面の下に四角で囲って1小節ごとに記譜したり、音楽を体感的にわかりやすいように「8分の3+3+3+4」の複合拍子として記譜したり、といったものがあります。これは日本人の特徴なんですが、真面目でちゃんと予習をしてきたり、初見で弾く能力もすごく高いので、統一された譜面でなくても弾けてしまうんですよね。ただ、それを海外に持って行っても、その通りに弾いてもらえないことが多くて。それらを改善するためにこのようなルールがあると思っています。
景山:僕も初めてチェコで録ったときに、同じように苦い経験をしました。拍子の感じ方や譜面の読み取り方が日本と海外では違うことが多く、こちらが意図したフレーズのニュアンスで弾いてもらうのにとても苦労しました。海外レコーディングの方が、より演奏者が演奏しやすいように気配りをして譜面をださなきゃいけない。こちらが求めているサウンドを演奏してもらうのがこんなにも難しいことなのかと身をもって味わいました。
横山:あと、大きな文化の違いとしては、クリックの音色が日本と海外でまったく違うこと。日本は「ドンカマ」と呼ばれるカウベルクリックを使うことが大半なのですが、あの音を海外の方に聴かせると「ピッチがある音で、なんで音楽が作れるの?」と驚かれるんです。どの国に行ってもあれと同じクリックを使ってる国がないのは、自分にとっても衝撃でした。
ーーそれは個人的にも初耳で驚きです。海外ではどのような方法が一般的なのでしょう。
横山:海外のスタジオでは「ウーレイクリック」というピッチのない音を使っていて。奏者も、クリックをカウントしているというより、空気圧を感じているというフィーリングに近いと捉えています。日本のミュージシャンはクリックの音に合わせて演奏を配置していく感覚で、だからこそできる日本らしいフレーズというのもたくさんあると思います。そのため、良い悪いという話ではなく、作り手側がリモートレコーディングを成功させるためには、そういった基本ルールの違いも踏まえておく必要が大いにありますし、正解はありませんので、考え続ける事が新たな創作につながると感じています。
橋口:海外と一口に言っても、いろんな国がある、ということも念頭に入れなければなりません。例えば、今回の『ラグナドール』はブルガリアとのリモートレコーディングを行ったのですが、ブルガリアにはブルガリアならではのメリットとデメリットがあります。今回は景山さんのデモを聴かせていただいて、曲の特徴だったり個性をいかしつつ、どの国でやるのが適切かを話し合ったうえで、ブルガリアをおすすめしたんです。景山さんの曲はメロディックかつリズミックで良い意味で日本らしさがありました。ただ、リズムにシンコペーションが多用されているような曲、拍をカウントしながら考えないといけないような旋律は海外の方は日本の方に比べて苦手としています。それを上手くいくようにするのがオーケストレーターの仕事だと思うので「こういうリズムはブルガリアの方は苦手です、でも、これを活かしつつ、こういう感じにしたらブルガリアの奏者が上手く弾いてくれます」と具体的な提案をしていきました。
景山:これまで何度かやったレコーディングでは、基本的に僕がデモを作って、それに関してオーケストレーションを場合によってお願いする、という感じだったのですが、今回は曲作りの段階から密なコミュニケーションをとって、事前の議論をたくさんしました。「こういうフレージングにした方が、求めているようなサウンドが得られるといった提案をもとにすり合わせの時間をかなり丁寧に設けたおかげで、レコーディングがすごくスムーズにいったという印象です。もし、このような丁寧な事前準備をしていなかった場合、求めている演奏結果が得られずレコーディングに倍以上の時間がかかって、録りたい曲の半分しか録れなかった、みたいな事故も起こりかねなかったと思います。ここまで丁寧に事前すり合わせをすることはこれまでなかったのですが、今回の録音を通して、なぜPlugnoteチームがオーケストレーションや事前準備に時間をかけるかが、とてもよく分かりました。
ーーリモートだと現場でのコミュニケーションみたいにはいかないでしょうし、当日なにかを解決すればいいという話でもないので、想定できるトラブルや問題については事前にすべて潰すくらいの準備をしなければ、基本的には成功をつくるのは難しいということですよね。
横山:その通りです。こんな話をすると、そこまでしてもリモートレコーディングをやるメリットは何なんだと思われるかもしれませんが(笑)。
ーーその問いについて、横山さんはどのように考えているのでしょうか。
横山:先ほどお伝えした利点もそうですが、音楽的に一番大きなメリットは、東京も含めた世界各地のあらゆる国やスタジオ、奏者の個性をキャプチャーできること。たとえば、ハリウッドのような作品の音楽を録るとなれば、メジャーどころだとイギリスのアビー・ロード・スタジオかエアー・スタジオが一般的で、やはりそこで録った音は格が違う。イギリスのミュージシャンは世界的にみてなぜ格が違うのかというポイントですが、日本のミュージシャンの特徴である正確さと、ヨーロッパのミュージシャンがもっている叙情的なものの両方を持ち合わせているうえ、スタジオで収録される何の加工もしていない音があのスタジオだけ全然違うんです。世界中のスタジオで録った加工のない音をファイルを揃えて比較・研究しているのですが、アビー・ロード・スタジオのリバーブは『スター・ウォーズ』そのものなんですよね。でも、響くかどうかという判断基準だけなら、ヨーロッパの広い教会や、それこそフランス・パリのマドレーヌ寺院など、音がどこから聴こえてくるかわらないくらい美しく響いたりします。優劣ではありません。
景山:僕がリモートレコーディングをやるメリットだと感じたのは「選択肢が増える」ことですね。横山くんが言ったように優劣を語るのではなく、各国のオーケストラの特徴、レコーディング環境の違いを認識した上で、今回のプログラムにはこういう音が欲しいから、このオーケストラでこの国のこのスタジオで録りたい、という選択肢が、リモートレコーディングを使えることによって、一気に広がるんです。名前の挙がったアビー・ロード・スタジオに関しては、たしかにすべて別格だとは思いますが、そのぶん金額に関してはかなりハードルが高かったりする。限られた予算のなかで最大のパフォーマンスを、と考えたときに、選択肢が多いにこしたことはないですから。