連載「横山克のRemote Recording Guide」第一回(ゲスト:景山将太×橋口佳奈)
レコーディングにおける日本的手法の限界って? 横山克×景山将太×橋口佳奈が語り合う
書き分ける力や国によって、柔軟に対応していく力が求められる
ーーそれは結果的に、コンポーザーの頭の中で鳴っている音をより再現できる、つまりクオリティの高い音楽が作れるというところにも繋がっていくわけですね。
橋口:だからこそ、日本のコンポーザーやオーケストレーターがそれに対応していく力を身につけることが、今後の課題だと思っています。私自身、横山さんや景山さんの作品をアレンジすることもあれば、自分の曲でオーケストラの方々に弾いていただくこともあるんですけど、どの国にするかによってフレーズの書き方やアレンジの仕方は大きく変えています。今回ブルガリアで録音した『ラグナドール』に関しても、同じオーケストラでアビー・ロード・スタジオを使ったら、まったく違う音になるんです。いくらミュージシャンが上手くてスタジオが良くても、同じ書き方では上手く鳴らないんです。それらの違いに対応していくためにも、書き分ける力や国によって柔軟に対応していく力が求められていきそうです。
ーーなるほど。世界地図を見ているだけでは、世界の形やどこにどの国があるかはわかっても、この国は何がおいしいのかとか、どういう人がいるのかはわかりませんからね。それをちゃんと勉強したり経験しておくことで、これが食べたいならあの国へ行こう、と想像して準備できるのとそうでないのは、たしかにまったく違うように思えます。それを知らずに、日本地図のなかで一番おいしいものだけを探求していても、狭い選択肢のなかでチョイスしているだけでしかないというか。
景山:料理の例えはわかりやすいですね。一つひとつの食材が良いものだとしても、素材にあった調理法でないと美味しい料理にはならない。今回だと橋口さんがやってくれたオーケストレーションや細やかな気配りがそれにあたると思いますし、その準備は作曲段階から始まっているということを今回のリモートレコーディングで痛感しました。作曲の段階から考えなければ、良い曲として最終的に聴かせることができないんだということを味わったからこそ、最終的な出音がどうなるかを意識しながら作るということで、作曲における考え方は自然に変わっていくと思います。
横山:結局はなにを作るか、そこから何を得られるかが重要で、作曲家は常に考え方が変わってゆくことが大切だと思っています。
ーー今回の鼎談では、リモートレコーディングもそうですが、橋口さんのお話を通して、オーケストレーターの重要性についても改めて認識することができました。
橋口:私自身、まだまだ経験したことない国のオーケストラもありますし、毎回のレコーディングでこれまでやっていなかった実験をかならず一つ入れるようにはしています。失敗することもありますが、その次には経験を踏まえて成功するように準備をしたり、また違う部分で攻めたことをやってみたりと、毎回アップデートを続けています。あとは、作家さんごとの個性の違いというのはかなり大きいので、そこを潰してしまうのはオーケストレーターとして一番やってはいけないことだと認識してます。単純にオーケストレーションするだけでなく、人によって書き分けたり、国によって違う提案ができたりするオーケストレーターでありたいと思っています。
横山:私は橋口に一番オーケストレーションをしてもらってる作曲家だと思いますが、「これはちょっと厳しくないですか?」とフレーズごとボツにされることも少なくありません(笑)。
橋口:今回の景山さんとのレコーディングに関しても、ボツというわけではないのですが、実際にメロディを変更していただいた箇所はあります。ただ、言われるがままで失敗するよりも、結果的に良い音楽を作るというところから逆算して、そういったご提案をさせていただくのも、オーケストレーターの役目だと思っています。特にリモートや海外レコーディングが当たり前になっていく世の中では、そういった提案の必要性はより増していくのではないでしょうか。
景山:そこに関しては、僕自身悩んだ部分でもありましたね。録音をする前の段階だったこともあり、なぜ作曲者側が折れて、メロディを変えなければいけないのかという抵抗がなかったといえば嘘になります。ただ、なぜこの国でレコーディングをするのか、なぜオーケストラで録るのかを考えた時に、曲のメロディも重要ではあるけど、効果的にレコーディングの結果が得られなければ意味がないと考え、最終的にはメロディを直しました。それらのやり取りのなかで感じたのですが、橋口さんは作家それぞれのよさをすごく大事にしてくれているのがオーケストレーションから伝わるんですよ。僕と横山くんでおそらく書く曲の方向性は違いますが、橋口さんはそれを同じやり方ではなく、丁寧にコミュニケーションを取ってくれて、僕の音楽を活かそうとする意思を譜面の中にも感じたので、どんどん抵抗が薄れていったんです。やり取りを重ねるなかで、僕自身も理解が深まり、大幅に変更することなどは少なくなったのですが、そうしたコンポーザーとオーケストレーターの密な連携というのは、こんなに重要なのかと味わった貴重な経験でもありました。
横山:コンポーザーの役割は、アニメやドラマや映画に対してどんな音楽を作るかを提案することなので、ある意味で奏者やオーケストレーターなどを率いる音楽チームのトップでもあるわけですが、ワンマンではなく、全員が一体になって作っていく必要があると思っています。あと、日本にはコンダクター(指揮者)やレコーディング・ディレクターがいないことが多いのも特徴かもしれません。さすがにフルオーケストラとなると入ってくることも多いのですが、海外では小さな編成でも、8割程度はコンダクターの方がいるという認識です。コンダクターやレコーディング・ディレクターがいると、細かなミスの発見やテイク管理、ダイナミクスなどのさらなる提案などをまとめてくれるんですよ。つまり、コンポーザーは曲の方向性を考えることだけに集中できるんです。日本でコンポーザーをやっていると、頭は回るようになるのですが、1テイク目からミスを見つけるための聴き方になってしまって、そのドラマや映画において音楽がどういう効果を与えるべきかというコンポーザー本来の役割がないがしろになっている気がします。
景山:この話はとても重要ですね。今回は僕にとって初のリモート録音ということもありましたので、あまりにもいろんなことに集中しなきゃいけない状況下だったので、橋口さんがレコーディングディレクターを担ってくれて、向こうとのコミュニケーションの橋渡しをしてくれたことは、ものすごく頼もしくてありがたかったです。そのおかげで僕は全体のサウンドの方向性を考えることに集中できましたから。
横山:僕らは結局、映像作品のためのサウンドトラックを作っているので、音楽を作るだけではダメで、半分は演出家側でないといけないんです。僕も10年くらい前までは、オーダーを受けたままに曲を作るだけの存在でしたから。2019年にPlugnoteという会社を作ったのも、そこに大きな問題意識があったからなんです。日本のコンポーザーは、昔よりはるかに色んなことをやるようになってしまっていて、譜面を作るのも、アレンジも、機材の持ち出しも担当することが多いんです。ただ、僕個人のオーケストレーション能力だけをつまんでみたら、橋口の足元にも及ばなかったりする。だからこそ、それが得意な人にそれぞれお願いする必要があるし、スコア、データ、スタジオ、人材など、様々な要素を現代的に結びつける必要があると感じて、会社を設立しました。
なので、基本的には「作曲家が創作活動に集中するっていう仕組みを作りたい」というスタンスで活動していて、昔からアシスタントさんとチーム的に作曲・録音してきたんです。大きな経験としては、ハンス・ジマーのリモート・コントロール・スタジオに行ったとき、L.A.にはシェアスタジオがたくさんあったことが衝撃で。大きなストリングスやバンドが録れるスタジオに、コンポーザールームが複数あって、スタッフや機材もシェアしていました。日本では、アシスタントさんがいるコンポーザーそれぞれがチームをもっているイメージなのですが、それがすごくもったいないように感じて。アシスタントとして経験を積むという視点から考えても、一人に従事することは良いことなのだろうかと。アシスタントさんが僕の仕事だけではなく、さまざまな作家さんとご一緒することで、音楽家としての自我が芽生えて行くのを見て、これが健全な姿であるのかもしれない、と感じました。
だからこそ、そのときに見たシェアスタジオのようなものを作りたいと思ったのですが、シェアするのは場所だけでなく、人材やレコーディング機材など、あらゆるものが共有しています。コンポーザーは新しいものを発見するのに集中できるうえ、所属などで縛られず、完全にコンポーザーはそれぞれ独立していることが理想だったので、Plugnoteは事務所機能を一切排除していて、作ることに集中するためのアシストやリモートレコーディングのサポート、という役割に特化させています。私は現在ミラクス・バスという事務所にいますが、著作権管理や業界の内部的なルールなど、それはそれでとても専門性の高い事だと感じています。
ーー海外でのレコーディングを含めて、グローバルスタンダードな形とかを体験というか体感するなかで「これは当たり前じゃなくていいんだ」っていう価値観も芽生えてきたのも大きいのでしょうか。
横山:そうですね。あとは、宮澤伸之介さんというL.A.のエンジニアさんに「作曲家がボスなんだよ」と繰り返し言われ続けたことも大きかったです。それまでは自分のことをいちスタッフだと思っていたのですが、コンポーザーは音楽を作る現場の全責任を担うボスなんだと気付かされた瞬間から、色んな考え方が変わっていったように思います。監督や脚本の方と並んでクレジットされる責任、とも言えます。
景山:横山くんはこういう風に謙虚に言うんですけど、彼はそれぞれの専門性もすごく高い。だからこそ、それを一人でやることがいかに大変かを知っている人なんです。僕も今回、横山くんがそういう風に言ってくれたおかげで、全部自分でやらなければならない、という束縛から解放されました。
橋口:結果的にすごくよりよいものができたと。
景山:そうなんですよ、それぞれのプロフェッショナルがそれぞれの持ち場で最高のパフォーマンスを発揮してくれたので。僕ひとりでやったら絶対こんな精度の高いものには仕上がらない、というのに気づくことができました。
横山:リモートレコーディングのよさは、こういう議論を引き起こすきっかけになることでもあると思っています。
景山:やっぱり日本は島国で、どちらかといえば海外からの文化も入りにくい、音楽的にも文化的にもある意味まだまだ「鎖国」状態になってる場所なんだなということを改めて痛感しました。今後リモートレコーディングが普及することで、日本のミュージシャンを海外の作曲家が起用したいというふうに広がっていけば素敵だなと思いますし、そうなったときに海外では当たり前とされているルールやマナーを理解していなければついて行くことができないので、グローバルスタンダードを知るというのは、とても重要なんですよね。
横山:実際、日本のミュージシャンは海外から必要とされつつあって。今回Plugnoteとして携わった「TOKYO SCORING STRINGS」という音源がまさにそうなんです。海外のIMPACT SOUNDWORKSというディベロッパーの創業者であるアンドリューが、日本のアニメやゲームのサウンドに影響を受けているクリエイターが多いものの、その音にアクセスする手段がないことを憂いて、海外のコンポーザーがそういった音作りをしたいときに使える音源がないから、室屋光一郎ストリングスの音源を作りたい、と相談してきてくれたんです。日本でも、昔からストリングスのライブラリを作ろうという話はなかったわけではないと思うのですが、色んな理由で作られてこなかったし、ミュージシャン側も、ある意味最初は乗り気ではなかったように感じます。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大を経て、みんなの意識が劇的に変わり、今回ご一緒させていただくことができました。今回「TOKYO SCORING STRINGS」の思想に共鳴して、一緒に作ることになったのは、日本のアニメが好きな海外のアマチュア・コンポーザーの方や、日本で録音することにハードルがある方たちに対して、日本の演奏家の音を紹介する入口を作りたかったからなんです。これを経て、日本でリモートレコーディングがしたいという需要は増えていくと思いますし、それができるインフラを作りたいという自分の考えも前に進んでいくと思っていて。お互いに、日本のコンポーザー側も世界中のミュージシャンをより起用しやすくなる流れは生まれてくるでしょうし、世界が相互につながってゆくことが理想ですね。優劣ではなく、適正と選択肢の拡大、です。
とはいえ、大事なのは、リモートも併用しつつ、現地に行って色んなものをアップデートしていくこと。その国の文化をはじめ、リモートだけでは見えにくいものがあることは事実なので、あくまでリモート偏重ということではなく、予算の規模などに応じてうまく併用して行くことが、作曲家としての可能性を大きく広げることにつながっていくと思います。