乙女ゲームにおける“ジェンダー規範”(後編) 日本の乙女ゲーマー&メーカーは、いかにして「それ」を転覆させたのか

乙女ゲームにおける“ジェンダー規範”(後編)

 今回は、前回紹介したジェンダー規範をめぐる問題への(おもに日本国内の)ゲーマーの対応について、最後にあげた「ユーモア」として無力化するという観点から考える。

 本稿はもともと前回分と合わせて一本の論考として書いたものを、長さによって機械的に二つにわけ公開した。しかしそのせいで前半部分のみを読まれた方には、あたかも『ときめきメモリアル Girl’s Side』シリーズ(以下『TMGS』、コナミ/2002年〜)が先行研究で批判されているとおりにジェンダー規範を積極的に肯定しているかのような誤解を与えてしまった。本来ここで述べているような事実関係については前回指摘しておくべきであり、これは筆者の構成上の判断ミスだ。とくに本シリーズ未プレイの方には一面的な先入観を与えてしまったことをお詫びしたい。

 今回、あらためて残りを公開できる場を得たので、以下では前回紹介した議論をふまえた筆者自身の見解を述べたい。未読の方は、お手数だが先にそちらをお読みいただいたほうが後半の内容を理解しやすいと思う。

乙女ゲーマーは本当にジェンダー規範に従順なのか?

 最初に前回のポイントを整理しておくと、(1)乙女ゲームには、構造的な理由である種のジェンダー規範が含まれる側面がある、(2)一部の海外の研究者視点では、(日本の)乙女ゲーマーはその規範に対して従順にみえる、ということになる。

 果たして本当にそうだろうか?

 先に筆者の答えを述べておこう。(1)は部分的に認められるがポジティヴな読替が可能であり、(2)は明確にNoだ。

 前回紹介した先行研究については「異性愛者向けのゲームを批判するならBLやGL(女性同性愛)ゲームもある」「特定のシリーズだけをみて乙女ゲーム全体を語るのは妥当なのか」「作品が一面的にしか分析されておらずフェアではない」といった反論がただちに可能であり、多くの読者も同様の疑問を抱いたはずだ。

 とりわけ前回とりあげた『TMGS』シリーズにおいて、程度の差はあれこうした規範から逸脱する試みがおこなわれていることには注意が必要だ。たとえばデート時の服装は、公式サイトの説明のとおり相手の好みに合わせ続けるだけでなく、実は逆に自分の好みを押しとおし、むしろ相手に歩み寄らせることもできる(これは説明書でも示唆されている)。

 またエンディングにもいくつかのパターンがあり、とくに『TMGS 3rd Story』においてみられる12種類ものエンディングパターンのうち、「三人ED」は文字通り三人でエンディングを迎えるものだ。この関係性は、女性向けマンガの研究において次のように説明されている。

「作中〔筆者注: 元論文内で分析された4つのマンガ作品〕では、女性を男性に排他的に所有させる「対」という性的関係のパターンが問い直されていた。そしてその結果、三者での性的関係というアイデアに至っていた。「対」という性的関係のパターンを問い直す中で女性登場人物が行っているのは、男性によって性的関係が定義されるという状況に対する抵抗のふるまいである。あるいは、男性を性的対象の位置に置き直すことも、試みられている(中略)つまり、三者での性的な結びつきの物語において志向されているのは、排他的所有・被所有というあり方とは異なる性的関係であるといえる」(※1)

 より広い年齢層(『TMGS3』の場合はDS・PSP版いずれも12歳以上)を対象としている本シリーズでは直接的な性表現は控えられているものの、この「三人ED」もおおむね上記のような「異性愛に対する脱構築の試み(※2)」の一つとしてとらえることができるだろう。

 これらの不備を指摘する一方で、それでもなお前回のような先行研究をとりあげねばならないのには理由がある。この後半部分では、こうした議論が起こる背景にも目を向けつつ、冒頭の問いに対する筆者自身の見立てを示そう(※3)。

システム面でのしかけ

 先行研究で指摘されていたように、乙女ゲームのシステムにある種のジェンダー規範が反映される余地があるとすれば、次のような二つの対照的なリアクションが考えられる。

 一つは作り手がシステム自体を変えてしまうことだ。『TMGS3』の「三人ED」もその試みの一つだが、ほかにも『暗闇の果てで君を待つ』(D3パブリッシャー/2009年発売)のように、登場する男性キャラの生殺与奪を文字どおり女性主人公が決定できる(ルート分岐はあるものの、パートナー含め誰かが死んでもクリア可能)というケースもある。これは男性に従う女性像という(先行研究で批判されていた)ジェンダー規範から逸脱するものであり、メーカー側のしかけといえる。

『暗闇の果てで君を待つ』プレイ画面。 筆者撮影。本作では、ルートによってはパートナーを含む攻略対象キャラクター全員が、ゲーマーの積極的な選択によって死亡することもある。
『暗闇の果てで君を待つ』プレイ画面。 筆者撮影。本作では、ルートによってはパートナーを含む攻略対象キャラクター全員が、ゲーマーの積極的な選択によって死亡することもある。

 ストーリーや世界観の面でも、前回の冒頭で述べた『アンジェリーク ルミナライズ』や『ジャックジャンヌ』(ブロッコリー/2021発売) をはじめ、社会的な意識の変化に合わせて作品内のキャラのイメージや言葉遣いをゲーマーたちに受け入れられるようアップデートしている作品はいくつもある。個別に紹介していくとキリがないが、こうしたタイトルを素通りして乙女ゲーム全体のジェンダー規範を語ることはたしかに問題を含んでいる。

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