細田守監督が照らし返すインターネット20年史 『ウォーゲーム』『サマーウォーズ』『竜そば』から読み解く

細田守監督が照らし返すインターネット20年史

2021年:加工が当たり前の時代

 『ウォーゲーム』と『サマーウォーズ』の前2作では、人工知能という非人間的なものを脅威として描きつつ、ネット世界を前向きに描いてきた細田監督。しかし、『竜そば』では大きく転回している。

 細田監督はインタビューで「近年では、ネットと言えば、"誹謗中傷"や"フェイクニュース"が真っ先に思い浮かぶくらい、あり方が大きく変化」していると語っている(キネマ旬報2021年8月上旬号、P28)。

 たしかに、2021年現在、インターネットを牧歌的に良いものだと考える人は少なくなっているだろう。社会はかつてないほどに分断化し、ネットの集合知の可能性よりも有象無象が集まることで、物事がややこしくなることのリスクの方が高いかもしれない。

 『サマーウォーズ』では、多くの人がネットを介してつながることで大きな力を発揮することが描かれたが、『竜そば』では大量に人が集まっても良いことは起こらない。主人公のすずがネット世界「U」でスターになることを必ずしも喜んでいないのは、有名になるとかならず誹謗中傷が大量に発生するからだ。現在のSNSでは、誹謗中傷の多さは「有名税」と呼ぶにはあまりにも重すぎる。

 また、一般人がネットで注目されて有名になるという事象は、2000年代にもあったことだが、2021年にそのスピードは比較にならないほど速い。バズれば一夜にして有名になることすら珍しいことではないと言える。すずがUで歌を披露してすぐさまスターの道を駆け上がるが、そのスピード感は現在のネット観を如実に反映している。

 本作では前2作のような、社会の脅威となるAIは登場しない。代わりに主人公たちを悩ますのは人間たちだ。正義を体現する存在のジャスティンが良い例となるが、SNSでは身勝手な正義をふりかざす人々があふれている。

 語上の障害が人間となっていることとも関連するが、本作では『サマーウォーズ』のように世界中の人と力を合わせて何かを解決するような展開とはならない。その代わり、たった1人と生身の姿でつながることが称揚される。ネットの集合的な力は、もはや肯定されていないのだ。

 本作の最後の展開、生身の姿をさらして歌うすずの姿が描かれるのだが、これは議論の的になっているようだ。素顔をさらすことに意味があるという価値観はもはや古いのではないかという意見がある。

 筆者はこの展開にTikTokのハッシュタグ「#加工100から0(https://www.tiktok.com/tag/%E5%8A%A0%E5%B7%A5100%E3%81%8B%E3%82%890?is_copy_url=1&is_from_webapp=v1)」を思い出した。

 TikTokはワンタップで誰もが美男美女になれるフィルターを大量に搭載している。このハッシュタグは、加工した姿から生身の姿をさらすものだが、加工と生の姿の価値のあり方を端的に物語っていると筆者は思う。

@sweetxotiktok

加工100から0にするやつ。笑  @ssshinako  ##加工100から0

♬ 왕밤빵_MATI_edit - 마티랜드🐰마티🐰

 TikTokでは顔を加工するのは簡単だ。フィルターを通して誰もが簡単に別人になれるがゆえに、未加工の姿とのギャップに驚くという展開が生まれる。

 また未加工の姿がすでに別人だった場合、逆に加工を外した方が評価が高くなったりすることもある。例えばこの動画のコメント欄には「未加工のが好き」「加工がなくてもかっこいい」という類のコメントがあふれている。加工があるからこそ素顔をさらすことが、逆説的に価値が高まっているのではないか。思うに、未加工の方が好きと言われたくて投稿している人もいるのだろう。

@countryside7777

騙してましたごめんなさい🙇‍♂️##加工の怖さ

♬ 왕밤빵_MATI_edit - 마티랜드🐰마티🐰

 TikTokの過剰な加工文化の是非はここでは問わないが、生身をさらすというのは、加工が当たり前になればなるほど反転して大きな武器になるということは言える。なぜ最後に自らベルがアバターを捨て去ることが大きな力を得ることになるのかを考えるヒントがここにあると思う。

 Uの世界はアバターでいることが前提だ。つまり加工された身体であることが当たり前の世界でただ一人、素顔をさらすというのは、反転してすごいことになるのはありうるのではないか。TikTokはZ世代に人気のSNSだが、外見を盛るということに関して、それに対する思いはかなり複雑化していて、単純に素顔に価値がないということではなさそうに筆者には見える。

 こうして3作を通して俯瞰すると、現実のネットが様変わりするのに呼応して、細田監督も変化していることがよくわかる。このように長期にわたって、物語でネットを定点観測している人は多くない。ぜひ10年後にもネットを題材にした物語を描いてほしい。

■公開情報
『竜とそばかすの姫』
全国東宝系にて公開中
監督・脚本・原作:細田守
声の出演:中村佳穂、成田凌、染谷将太、玉城ティナ、幾田りら、森川智之、津田健次郎、小山茉美、宮野真守、役所広司ほか
企画・制作:スタジオ地図
製作幹事:スタジオ地図有限責任事業組合(LLP)・日本テレビ放送網共同幹事
配給:東宝
(c)2021 スタジオ地図
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