『バックルームズ』の地上ではなぜ再開発が進められるのか? 資本主義も超える“複製地獄”
ネット発の都市伝説を映画化した『バックルームズ』。この作品は、我々の考察欲をギンギンに刺激してやまない。地下空間に広がる終わりのない黄色い空間のごとく、これまで無数の考察が増殖し続けてきた。曰く、実存的不安の象徴。曰く、企業社会がもたらす絶望と労働のメタファー。
確かにその通りだろう。だけどこの作品の恐ろしさの真の要因は、もっと根源的な運動のほうにあるのではないだろうか。その運動とは、あらゆるものが少しずつ形を変えながら永遠に再生産されていく、無限の複製地獄のことである。
このことを端的に表しているのが、ケイン・パーソンズ監督自身の「建物は一種の寄生生物だと捉えることもできます」というコメントだ。「いまや地球上は、人間自身よりもはるかに長く生き続ける建造物で覆い尽くされています。ある意味で、建物たちが生存競争に勝利しているのです」(※1)。
パーソンズにとって建築とは、人間の意図や経済合理性を超えて自己増殖する、謎の力のようなものらしい。人間は生存のために建物を建てるのではなく、ただそれを存在させるためだけに建て続ける。
そして、この力は建築だけにとどまらない。人間の記憶そのものにも、同じ運動が働いている。この映画で面白いのは、それが地上と地下の建築に対応していることだ。
精神療法士のメアリー(レナーテ・レインスヴェ)は、「私たちは皆ループや習慣を持っている。それで堂々巡りを繰り返す」と語る。トラウマを避けるために幼いころに作った防衛本能が、いつしか心のなかに壁を築き、同じ道をぐるぐると回るような、抜け出せない回路になってしまうのだと。
だからこそ彼女は、その古い回路を壊し、新たな窓を開け、道を作り直すことを提唱する。このアプローチは心理療法というよりも、まるで心の中の古い街並みを区画整理する都市計画のようだ。人間の記憶も建築と同じように、壊しては組み直すことができるものとして扱われる。
これに対応するのが、地上パートに登場する「クレストリッジ・タワーズ建設予定」という再開発の看板である。古い建物を壊し、新しいものを建てる。重要なのは、看板が完成した建物ではなく、これから建つ建物の予告であることだ。
それに対し、古い回路の暗部へと惹きつけられるのが、家具店の店主クラーク(キウェテル・イジョフォー)だ。彼は建築家の夢に破れ、妻にも去られ、ままならない人生を送っている。そして地下の異空間を発見すると、ここが自分の居場所だと感じてしまう。
クラークは、この空間を「今まであったすべての場所」と呼ぶ。監督も、この空間を「子どもの頃の記憶が強調されたり薄れたりした場所」(※2)と表現する。バックルームとは、取り壊されて地上から姿を消した建物の記憶が沈殿する、巨大な貯蔵庫なのだ。
地上は未来の建設を約束し、地下では過去の建設の残骸が無限に保存されていく。ここにあるのは、「バックルームは企業社会がもたらす絶望のメタファー」といった考察で想定されている資本主義の制度というより、その制度すらも上から駆動させるもっと大きな営みの力学なのである。