『Tシャツが乾くまで』咲子と充はなぜ別れたのか? 離婚の裏にあった“好き”の選択

一方の充も、家族というものに縛られていた人なのだと思う。過干渉な親に育てられた咲子とは対照的に、充の両親は彼に無関心だった。「こちらがアプローチしないと、あっという間に他人」というくらいに。そんな充が身につけたのが、ひとつの場所や誰かひとりに執着しない生き方だった。苦しくなったら、その場から離れる。そして、そして、誰も自分を知らないところに行く。最初は、無関心な両親に自分の存在を気にかけてもらうための行動だったのかもしれないが、いつしかそれは自分を守るための手段に変わっていった。
そんな充にとって、夫でいることは、いつしか逃げてはいけない理由になっていたのだろう。実際に咲子と結婚してからは、何年も失踪せずに頑張っていた。そして、一度失踪を経てからは、今度こそ咲子を悲しませるまいと、彼女に気を遣って暮らすようになる。逃げるか、それとも自分の気持ちを押し殺して生きるか。充にとって夫婦とは、その二択だったのかもしれない。
しかし、離婚をしたら、“いなきゃいけないからいる”ではなく、“いたいからいる”ができるようになる。咲子にとっても、そうだ。家族じゃなくなれば、高すぎる理想を充に合わせて下げる必要もない。理想と現実の間で折り合いをつけることも、どちらかが我慢することもない。離婚は、2人の間にあった“こうあるべき”というしんどさを取っ払い、ただ“好き”という気持ちだけを残すための手段だったのだと思う。
最終話のラスト、家に帰ってきた充に、咲子は「おかえり」と声をかける。ここで、「もう夫婦じゃないのに?」「そもそも、出て行ったんだから、充の家じゃないでしょ?」と思ってしまった自分に、ハッとした。一緒に住んでいる相手“だから”「おかえり」と言う。夫婦“だから”一緒に暮らす。親子“だから”仲良くするべき。男女“だから”恋愛に発展して当然。家族“だから”支えてくれるはず。これらの“だから”は、すべてわたしの心にあったフィルターだったのだ。
そのフィルターを外してみれば、人と人との関係は案外シンプルなもののように思えてくる。“こうあるべき”ではなく、“こうありたい”を選ぶ。
咲子と充は、家族は“こうあるべき”という固定観念に囚われていた2人だったのだと思う。だからこそ、「家族という形を保ったまま、自由に生きましょう」という選択をすることはできなかった。彼らが本当の意味で自由になるためには、一度すべてを手放し、自分たちなりの新しい形を築き直す必要があったのだ。
■配信情報
金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』
U-NEXT、Netflix、TVerにて配信中
出演:蒼井優、中島歩、高橋文哉、齋藤飛鳥、庄司浩平、飛永翼、久保田薫、夏帆、臼田あさ美、リリー・フランキー、松山ケンイチ
脚本:生方美久
演出:土井裕泰、塚本連平、小牧桜
音楽:haruka nakamura
主題歌:スピッツ「見知らぬ糸」(Polydor Records)
プロデューサー:千葉行利、宮川晶
製作:ケイファクトリー、TBS
©TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/tshirt_ga_kawakumade_tbs
公式X(旧Twitter):@tshirts_tbs























