『ブラッサム』“清治”渡部篤郎はなぜここまで強烈なのか 宇野千代が残した父の“伝説”

朝ドラことNHK連続テレビ小説『ブラッサム』のタイトル映像は、連続テレビ“小説”の名にふさわしい縦書きだった。「連続テレビ小説」のロゴも原稿用紙を思わせる。
100万部を超える大ベストセラー『生きて行く私』の作者・宇野千代をモデルにした物語。あくまでモデルであり、葉野珠というオリジナルの人物の物語なのだが、どうしてもモデルを意識して見てしまう。とりわけ気になるのが、珠の父・清治の描かれ方だ。SNSでももっぱら彼の話題でもちきりだった。

制作統括の村山峻平チーフプロデューサーは「葉野珠を主人公にしたオリジナルドラマという軸はブレないようにしながら、とくに最初の岩国編についてはモデルである宇野千代さんへのリスペクトも込めようと考えました」と取材会で語っていた。第1話から第3話までの冒頭では、『生きて行く私』を新聞で連載しはじめた80代の葉野珠(加賀まりこ)と秘書・優子(松たか子)のやりとりが描かれる。彼女が故郷・岩国にやって来て、過去を振り返る構成だ。
明治時代、珠(村上蘭)はどんな子ども時代を送っていたのか。岩国を代表する錦帯橋、そこから見える桜並木。来年の春は朝ドラゆかりの地を訪ねたくなるような風景のなかに、珠は生きている。
村山CPの言う宇野千代へのリスペクトは、主に珠の原点となる父・清治(渡部篤郎)の描写に表れている。宇野千代が書き残したものを意識しながら描いているようだ。
そのため、清治はなかなか厳しい父親になっている。第1話では、雨のなか珠を裸足で買い物にいかせる。第2話では、きれいな羽織が準備されていないと怒鳴り、珠を薄暗い蔵に閉じ込める。第3話では、夜遅くに酒とツマミを買いにいかせる。明治時代の親の厳しいしつけであるらしいのだが、注文を書き留めず頭のなかで覚えていくことになったのも、しつけの一環であろうか。第4話では「放蕩無頼」でない面を見せたのもつかの間、大事に飼っていたカナリアを逃がされて半狂乱になり、妻・リョウ(国仲涼子)を追い出してしまう。
宇野千代の父も「バルザックやドストエフスキーの小説の中にしか出てこないような、一種の奇人」で、まるで働かず博打に興じていたそうだ。造り酒屋の次男で、家業を継ぐ責任がなく遊んでいたのではないかと想像するが、ドラマの清治は次男から長男に改変されている。ここがドラマを読み解くうえで重要で、「家父長制」を強調したいがために長男にしたことで、ますます拗れた人物になっている。

村山CPは改変についてこう語っている。
「あくまでもオリジナルドラマであるからです。また考証の先生方から話を伺いながら、この時代の基本となっていた性別や長男であるかといった、生まれによる固定化された役割に対して当事者が抱えていたかもしれない思いを、現代の視聴者に響くものにしようと考えての変更です」(※)
足の悪い弟に懇願されて実家の酒屋の主人の座を譲り、その代わり毎月、弟からお金をもらって遊んでいる。でもちっとも楽しそうではない。自由なはずなのに、窮屈そうだ。結局、自分で自分を縛ってがんじがらめになり、どうにもならない。
本当の清治は弟思いの心優しいお兄ちゃんということ? そんな回りくどいことをしなくても、彼自身が家を継ぎ、弟を支えればそれでいいではないかと思わなくもない。とはいえ、家父長制はジェンダー平等を考えるうえで欠かせないテーマなので、わかりやすく入れておきたかったのであろう。個人的には、家父長制とは関係なく、ただへんな生き方をしている人間の話も見てみたい気はする。




















