松岡茉優、『ダウンタイム』はキャリア屈指の代表作に 感情の“マグマ”を操る演技の凄み

「鬼気迫る演技ってこういうことなんだろうね」
2017年の冬、筆者が映画館でアルバイトをしていた頃、ふと先輩がそう口にした。『勝手にふるえてろ』の封切り日のことである。
先輩の発言はもちろん、同作で主演を務める俳優・松岡茉優に対してのものだ。あれから9年の時を経て、なぜこの言葉を思い出したのか。当然ながらそれは、Netflixによるオリジナルドラマ『ダウンタイム』の配信がはじまったから。主演は同じく松岡。そう、ここにもまた、彼女の鬼気迫る演技が収められているのである。

本作は、美容整形業界を舞台に、その光と闇を描くもの。松岡が演じる主人公・沼田文は天才的なオペの技術を持つ形成外科医で、とある理由から、美容整形の世界に足を踏み入れることとなる。このページにたどり着いた方の中で、実際にあの世界に触れたことのある人は、いったいどれくらいいるだろうか。私たちの日常には、美容整形に関する情報があふれ、時代が進むたびに当たり前のものになってきた。このドラマはたんにその是非を問うものではない。この社会において“美”とはどういうものなのか。人が生きていくうえで“美”とはいかなるものなのか。激情ほとばしる展開の中で、そんな深遠なる問いが浮かび上がってくる。

松岡が演じる文は医師として、“医療で命を救う”ということを掲げてきた人物だ。しかし、美容整形の世界に触れ、“美で人を救う”という価値観と出会う。やがて患者たちと触れ合う日々の中で、その心を激しく揺さぶられるようにもなっていく。この社会に生きる私たちは、そういった心を揺さぶられる経験を何度も重ねながら、新しい自分へと変化していくものだ。とくに私はこういう仕事をしていることもあり、自分の価値観や感覚を揺さぶられる体験は日常茶飯事だ。おそらく、外見や一挙一動は何も変わり映えしないはずだが、それでも、ときに内面は激しく変化している。誰だって基本的に、そう簡単に内面の変化が表に出ることはないだろう。けれども俳優たちはこれを、オーディエンスに提示しなければならない。
もっとも、自分のいまの心の状態を示すことは誰にもできる。どれだけ感情的になっているのか、心が揺れているのか、態度や言動で表すことはできる。しかしそれはただの感情表現であり、ドラマのフォーマットに耐え得る“表現”になっているのかどうかは、また別の話。俳優たちは自分の中で生み出し育て上げた感情を、ありのままに外へと出すのではなく、コントロールしながら、ある種の正確さで提示しなければならない。主人公の文はその内側に、絶えずマグマのようなものを抱えている。私たちはそれに触れた瞬間、圧倒され、身動きが取れなくなってしまう。

しかしこのマグマがどのような勢いで溢れ出し、どれくらいの量が画面を支配するのかは、各シーンの松岡の演技によって決まる。文はこのうえなく感情的なキャラクターでありながら、松岡の芝居を“オーバーアクト=大げさな演技”だと感じる瞬間は、一度たりともなかった。文の置かれているシチュエーションや内面の変化に合わせ、そのサイズ感やリズム、強弱に至るまで、すべてが滑らかに変化している。声の質感も顔つきも、変化し続けている。かつて彼女が鬼気迫る演技を示した『勝手にふるえてろ』は、松岡にとってはじめての主演映画だった。ミュージカル調の演出が取り入れられていたこともあり、圧巻のパフォーマンスなのは間違いないのだが、“独擅場=ひとり舞台”だと感じる瞬間があったのもたしかだ。
いっぽう、この『ダウンタイム』は全8話をかけて、じつにさまざまなタイプのキャラクターたちと、毛色の異なる演技者たちと、芝居でぶつかっていかなければならない。本作における松岡の演技は、全8話の間、一度も途切れることのない“鬼気迫る主旋律”とでも呼べるものなのではないか。ドラマが終わってからもその旋律が消えることはなく、ときにいくつかのシーンを思い出しては戦慄する。それはドスの効いた声で誰かに詰め寄ったり、感情的に大声を張り上げている姿だけではない。その多くが、文の何気ない日常のひとコマだったりするのだ。
■配信情報
Netflixシリーズ『ダウンタイム』
Netflixにて独占配信中
出演:松岡茉優、仲里依紗、間宮祥太朗、田中みな実、萩原利久、長井短、渡辺大知、中川家礼二、シシド・カフカ、城田優、増子直純、武田創世、泉里香、田村健太郎、篠井英介、天野はな、景井ひな、研ナオコ、野呂佳代、古川凛、安達祐実、風間俊介、Kōki,、永作博美、渡部篤郎
監督:Yuki Saito
脚本:池上純哉
プロデューサー:三宅はるえ、茂木克仁
企画プロデューサー:工藤伸一
制作プロダクション:K2 Pictures
企画・製作:Netflix





















