名探偵の“謎解きルーティン”はなぜ必要? 『LOVED ONE』『月夜行路』の意外な共通点

その奇癖をテレビへ橋渡ししたのが、海外ドラマ『刑事コロンボ』だ。ピーター・フォーク演じるロサンゼルス市警の警部補は、ヨレヨレのトレンチコート、葉巻、ボサボサ頭をまとい、のんびりした口調で小さな矛盾をネチネチ突いて犯人を追い詰める。日本ではNHK総合で1972から放映され、小池朝雄の吹き替えによる「うちのカミさんがね」は流行語になった。倒叙形式と強烈なキャラ記号のパッケージを正面から受け継いだのが『古畑任三郎』である。日本の探偵ドラマのルーティンは、近代文学の奇癖とコロンボ的なキャラ記号が合流した地点に立っている。
なぜ日本の視聴者は、この非現実を違和感なく受け入れてきたのか。鍵は、歌舞伎の見得にも通じる「型」の美学にある。役者が見得を切る瞬間、観客が感じるのは物語の停滞ではなく、待ち望んだ高揚だ。湯川が数式を書き、古畑が語り出し、ルナが甘い物へ手を伸ばす反復は、結末の読めないミステリーに確かな様式的ピークを用意する。型は退屈ではなく、約束された快楽である。先の見えない時代に、「この人なら必ず解いてくれる」という確信は、ほとんど祝祭であり、静かな癒しだ。

ルーティンはまた、近寄りがたい天才を地上へ降ろす取っ手でもある。『LOVED ONE』の加藤達也プロデューサーは、主人公を「孤高の天才にはしたくなかった」と語り、童心あふれる人物像はディーン・フジオカ自身の発案だと明かしている。数独に夢中になる、甘い物に目がない、餃子を爆食いする。そんな手触りが加わるだけで、超人はたちまち「隣にいそうな誰か」になる。現実の職業人もまた、験を担ぎ、決まった手順で道具を並べる私的な儀式を持つ。法医学者、物理学者、公安捜査官――いずれも専門職を主役に据えた物語であることを思えば、ルーティンは天賦の才を「鍛え上げた職能」へと読み替える装置でもあるのだ。
そして近年、ルーティンの切り取りやすさの価値は飛躍的に高まっている。たったひとつの動作や台詞が、キャラクターの全体像を一瞬で立ち上げる。『LOVED ONE』第1話では、ほとんど無言で数独に没頭する場面がSNSで大きな反響を呼んだ。セリフのない一枚の画が「カッコいい」と拡散される。文脈を知らずとも強度を持つこの所作は、配信とSNSの時代に最適化された見せ場だ。作り手の計算は、一話の構成だけでなく、切り取られた数秒の流通にまで及んでいる。
ルーティンを社会の側から眺めると、別の層が浮かぶ。コロンボから古畑へと続く系譜には、明確な階級のカタルシスがある。よれよれの、一見うだつの上がらない庶民が、地位も教養もある知的エリートをやり込める。視聴者が味わうのは、下から上を覆す爽快感だ。みすぼらしい記号としてのルーティンは、その逆転劇を視覚的に担保している。
さらに見逃せないのが、「変わり者の天才」という表象そのものの変化だ。かつて探偵の奇癖は、湯川が「変人ガリレオ」と呼ばれたように、奇人・変人として他者化された。だが近年の作品は、その違いを排除や嘲笑ではなく愛着の対象として描く。その点で『月夜行路』は象徴的だ。波瑠演じる野宮ルナはトランスジェンダー女性で、ドラマは表現監修を立て、ルナが営む銀座のミックスバーのコミュニティごと丁寧にすくい上げようとしている(原作・秋吉理香子、脚本・清水友佳子)。本作は、人生を振り返り「今よりちょっと自分を愛せるようになる」ことをテーマに掲げる。謎解きが自己受容へ接続されるなかで、探偵の風変わりさは、多様な生を肯定する回路へと反転する。変わり者はもはや見世物ではなく、共生のロールモデルに近い。

食のルーティンには、ジェンダー規範をめぐる視点も差し込める。『SPEC』シリーズの当麻は、マドンナ的な役を多く演じてきた戸田恵梨香が、餃子を爆食いし、メロンにマヨネーズをかけるような無頓着さで「新境地」を切り拓いた役だった。たおやかさという女性像を、大食いというルーティンで脱臼させたわけだ。一方、『月夜行路』の「甘い物」は、一見すると規範に沿うようでいて、文学的な博覧強記と組み合わさることで、スイーツを知性の燃料へと転じさせる。食べること、すなわち生命力や欲望の肯定は、禁欲的な天才像への、ささやかな対抗だ。
最後に、ひとつの逆説を指摘しておきたい。この非現実こそが、フィクションの強度を支えている。劇場版『ガリレオ』が、シリアスな路線へ転じる際に数式のルーティンを封印したように、あの動作は、これは現実の事件記録ではなく名探偵の物語だ、という約束事の旗印でもあった。観客はその旗のもとで、安心して謎を楽しむ。名探偵の条件とは、卓越した論理だけではない。論理を、見える形・愛せる形・分かち合える形へと翻訳してみせる身ぶり――それが「謎解きルーティン」だ。数独を解く指先、甘い物へ伸びる手。その無駄にこそ、名探偵が時代を超えて愛され続ける理由が宿っている。
■放送情報
『LOVED ONE』
フジテレビ系にて、毎週水曜22:00~22:54〜放送
出演:ディーン・フジオカ、瀧内公美、八木勇征、綱啓永、安斉星来、川床明日香、草川拓弥、山口紗弥加
脚本:守口悠介、市東さやかほか
プロデュース:加藤達也
演出:松山博昭、並木道子
制作協力:AOI Pro.
制作著作:フジテレビ
©︎フジテレビ
公式サイト:https://www.fujitv.co.jp/lovedone/
公式X(旧Twitter):https://x.com/lovedone_fuji
公式Instagram:https://www.instagram.com/lovedone_fuji/
公式TikTok:https://www.tiktok.com/@lovedone_fuji
水曜ドラマ『月夜行路 ―答えは名作の中に―』
日本テレビ系にて、毎週水曜22:00〜放送
出演:波瑠、麻生久美子、作間龍斗、久本雅美、栁俊太郎、渋川清彦ほか
原作:秋吉理香子『月夜行路』(講談社文庫)、『月夜行路 Returns』(講談社)
脚本:清水友佳子
音楽:Face2fAKE
チーフプロデューサー:道坂忠久
プロデューサー:水嶋陽、小田玲奈、松山雅則
トランスジェンダー表現監修:西原さつき、若林佑真、白川大介
演出:丸谷俊平、明石広人
制作協力:トータルメディアコミュニケーション
製作著作:日本テレビ
©日本テレビ
公式サイト:https://www.ntv.co.jp/getsuyakouro/
公式X(旧Twitter):https://x.com/getsuyakouro






















