タコと高齢女性の“異種間交流”を描く 『親愛なる八本脚の友だち』が共感を集めた理由

主人公のトーヴァという名前は印象的だ。英語圏でもアメリカ風でもないこの名前は、スカンジナビアの文化圏のもの。舞台として設定されているワシントン州は、地理的な親和性から北欧からの移民が歴史的に多い地方でもあり、そうした文化的土壌が、彼女の歴史的な背景をも物語っている。単なる孤独な女性という記号を超えて、文化の名残をも背負っているのである。
そんな彼女を演じているサリー・フィールドが、かつてオスカーを受賞した『ノーマ・レイ』や『プレイス・イン・ザ・ハート』でも、アメリカの地方に生きる女性の気骨を表現していたように、ここでも彼女は土地に根ざして生きている人物を重厚に好演している。ある種、“聖域”として深夜の水族館を磨き上げる彼女の姿には、執着にも似た強い思いを感じさせるものがあり、それが彼女の生きてきた土地への愛情、失った家族への愛情と結びついている。サリー・フィールドという名優を得たことで、本作は物語に深く激しい感情を加えているのだ。
高齢化にまつわる問題が示唆される部分は深刻だ。アメリカでは大人は独立するものという社会的な意識が強く、成長した子と親が同居しているケースが、日本と比べると少ない。トーヴァは息子を事故で失っているが、そうでなくとも多くの高齢者が彼女のように独居を続けている。身体的な衰えが生じたときに、誰にも気づかれず孤独死することになるのではないかという不安は、個人の問題を超え、アメリカ全体に共通した切実な感覚だろう。
一方で、そんな彼女の前に現れる青年キャメロンは、定職も住居も持たない現代的な漂流者だ。根を張りすぎたがゆえに孤立する老婆と、根を持たぬがゆえに漂う若者……この対照的な2人の孤独が、客のいない水族館や、閉塞感のある町のなかで静かに響き合っていく構図は、家族制度や福祉が機能不全に陥った現代の社会における、新たなケアの可能性を模索しているようにも見える。
とはいえ、こういった問題への解決策として本作が提示する展開は、かなり特殊なケースである。その真相部分は映画を観て確認してほしいが、アメリカ社会に横たわる現実の問題として切実だった要素への将来的な見通しは、ここでは保留され、ある種おとぎ話のようなロマンティックな物語に着地してしまっているところがある。この鮮やかな解決が与えられている点にこそ、本作や原作小説に人気が集まっている理由があるのだろう。ただ、提示されていたはずの目の前の課題から物語が離れてしまっている部分があることにも留意しておきたい。
タコのマーセラスとトーヴァという異質な存在が響き合うのは、人生の残り時間が少ないなかで、いかにして残された時間を充実させられるか、という切実な課題が共通しているからだ。トーヴァは高齢者施設への入居という現実に直面していた。彼女にとって、水槽という閉鎖空間で死を待つマーセラスの姿は、自分自身の近い未来の姿に見えていたことだろう。それだけに、クライマックスで見せる湖のように凪いだ海面を前にしたエモーショナルな決断を描くシークエンスは、本作の白眉といえよう。
この場面で特筆すべきは、演出の緻密さだ。次第に強まって身体や髪を濡らしていく雨の質感や大気の湿度、いつしか陽が落ちて街灯が点る情景……。グリーンバックを排し、こうした環境的な要因を集中させることで捉えられた本物の感覚は、トーヴァの抱える感情の重さを観客に体感させる。そして、こうした異種間交流の果てにある情景には、本作の結末における巧妙な仕掛けよりも、むしろ味わい深い価値があると思えるのである。
■配信情報
『親愛なる八本脚の友だち』
Netflixにて配信中
出演:サリー・フィールド、ルイス・プルマン
監督:オリヴィア・ニューマン
Courtesy of Netflix © 2026.























