ウォン・カーウァイ作品はなぜ求められ続けるのか 4Kで蘇る『花様年華』の奇跡の引力

5月1日から全国順次公開されている『花様年華 25周年特別版』は、ウォン・カーウァイ監督のファン歓喜必至のリバイバル企画だ。近年も、監督の過去作をクライテリオン監修でデジタル修復した特集上映『WKW4K』が好評を博したばかりだが、今回は屈指の人気作である『花様年華』(2000年)の4Kレストア版と、そこから派生した幻の短編『花様年華2001』をカップリング上映。すでに劇場で体験しているファンには言うまでもないことだが、スクリーンで観る『花様年華』はまた格別だ。

世の映画ファンの間でも、『花様年華』はウォン・カーウァイ作品のなかでひときわ端正で秀麗な「まとまりのいい」逸品として認知されているのではないか。それでいて、少しずつ意味を増幅させながら繰り返される音楽(梅林茂、ナット・キング・コールほか)、登場人物たちが「虚構のリハーサル」を繰り返す物語構成など、相変わらずの実験性・前衛性にも満ち溢れている。それでもなお、孤独な男女の道ならぬ恋情を描いた簡潔かつエモーショナルなストーリーと、深い共感を呼ぶ俳優陣の演技は、観る者に普遍的感動を与える。まさに奇跡のようなバランスで成立している傑作だ。ウォン・カーウァイ作品ではおなじみの即興性が、ここでは珍しく悪目立ちしていないことも人気の要因に思える。
作りながら自在に姿を変えていく=企画スタート時のイメージと完成形が決して同じものにならないという作風も、ウォン・カーウァイ作品のお約束。一見そうは思えない『花様年華』も、実は例外ではない。もともとは『Three Stories about Food(食べ物にまつわる3つの物語)』というオムニバス企画だったらしく、その初期アイデアの片鱗は劇中に登場する粥やステーキ、黒ごま汁粉といった印象的なディテールにも見て取ることができる。

今回、併映される本邦初公開の『花様年華2001』は、トニー・レオン演じる現代のコンビニ店主と、店を訪れた常連客マギー・チャンの交錯を映しだす約9分の短編。初期企画案から生まれた副産物であり、残念ながら完成した『花様年華』本編にはまったく入る余地のない「イメージのかけら」として、カンヌ映画祭2001のマスタークラスで一度だけ上映されたという。今回の一般上映はかなり貴重な機会であり、もしかしたらここからまた新たな物語が編まれるのかもしれない。
ウォン・カーウァイの映画は、きわめてパーソナルな感情を描きながら……もとい、だからこそ、多くのファンの共感を集めてきた。基本的に彼が描くのはラブストーリーであり、結ばれることのない惜別と後悔の物語であり、「ここではないどこか」を追い求める人々のドラマである。その悔恨と郷愁の念が、国境も年齢も超えて人々の心の琴線に触れるのだろう。

1960年代の香港から、クーデター前のカンボジアまでを背景とする『花様年華』をはじめ、ウォン・カーウァイは過去・未来・異国といった「ここではないどこか」を描くことを好む。彼の名を一躍世界に知らしめた『恋する惑星』(1994年)は現代の香港を舞台にした元気いっぱいの快作だったが、フィルモグラフィー全体から見れば、むしろ異色の一編といえよう。同作の成功を受けて作られた『天使の涙』(1995年)も、ある意味「模索期の若書き」に見え、中国返還を前にして変貌を約束された“往時の現代香港”へのレクイエムにも思える。
『花様年華』では、現存しない1960年代香港のムードを再現するべく、タイでロケ撮影が行われた。そして、中国大陸で3年かけて撮り上げたドラマシリーズ『繁花』(2023年)は、1990年代の上海を舞台にしながら、まるで『花様年華』の変奏に見えるほどノスタルジー全開の語り口に驚かされる。ウォン・カーウァイにとっては、古くささ、時代遅れといった要素はマイナスでもなんでもなく、むしろたまらなく魅力的で、創作意欲に拍車をかけるモチーフなのだろう。観客を惹きつけるのも、その「見たことのない懐かしさ」の力は大きい。





















