『プロジェクト・ヘイル・メアリー』はなぜ時代を代表する一作に? “2人の監督”の到達点

現在公開中の『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、年齢・性別・国籍・出身星にかかわらず、心にSF魂を宿す者すべてのハートを射抜く快作だ。原作者のアンディ・ウィアーは、かつて代表作『火星の人』が名匠リドリー・スコット監督&マット・デイモン主演の『オデッセイ』(2015年)として映画化された才人だが、今回もベストな顔ぶれに恵まれた。
監督をつとめたのは、アニメーション映画『くもりときどきミートボール』(2009年)で鮮烈なデビューを飾ったフィル・ロード&クリス・ミラーのコンビ。脚本は『キャビン』(2011年)の監督としても知られ、『オデッセイ』の脚本・製作総指揮も務めたドリュー・ゴダード。そして主演は世界各国の名だたる鬼才たちに愛され、自らも『ロスト・リバー』(2014年)で監督デビューを飾ったライアン・ゴズリング。この何をするにも一家言ありそうな、クリエイティヴィティみなぎる面々が一堂に会し、とてつもないスケールとリアリティを兼ね備えたSFアドベンチャーを作り上げてみせた。その制作過程そのものが、まさしく「冒険また冒険」あるいは「未知への挑戦」だったに違いない。
実写とアニメを越境するフィル・ロード&クリス・ミラー

フィル・ロード&クリス・ミラーは、実写もアニメも等しく全力投球で手がけることのできる稀有な映画作家である。もちろん彼ら以外にも“両刀使い”の映画作家は世界中にいて、決して多くはないが少なくもない。押井守、ティム・バートン、大友克洋、庵野秀明、ブラッド・バードなどが代表的なところだろう。近年では『豚の王』(2011年)などのアニメから『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016年)などの実写映画・ドラマに進出したヨン・サンホの活躍が目覚ましい。
だが、真に稀有なのは「双方で高い評価を得ている」存在だ。特に人気監督であればあるほど、宿命的にどちらかが「余技」に見えてしまうのは致し方ない。その点、ロード&ミラーは違う。初長編アニメ『くもりときどきミートボール』のあとに実写進出作『21ジャンプストリート』(2012年)を手がけ、こちらも同様に高評価を博した。実写とアニメ、それぞれの表現に合った面白さを追求し、実現してみせるところに彼らの作家性、信頼性の高さがある。
その後もふたりは『トゥルーマン・ショー』(1998年)と『フリー・ガイ』(2021年)を橋渡しするような意欲的傑作としてアニメ『LEGOムービー』(2014年)を成功させ、その一方で『スパイダーマン:スパイダーバース』シリーズの製作・脚本を2018年から歴任。さらに、実写映画『コカイン・ベア』(2023年)のプロデュースなども務め、欲張りかつ困難な創作活動を邁進している。それぞれのフォーマットに適した表現技法・映画話法を模索しつつ、「どちらもやりたい!」という意欲がまったく衰えないところが、なんとも若々しくエネルギッシュだ。

そして今回の『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、実写企画のなかでは間違いなく最大規模の大作といえる内容となった。これをロード&ミラーは、アニメーションの魅力を多量に含みつつ、実写作品ならではのリアリティと、SFならではの飛躍的発想に富んだハイブリッド作品として完成させた。つまり「種(=ジャンル)の垣根を越え、言語の違いも越えて共存する」という物語のテーマが、作品表現の面でも実践されているのだ。この計算された重奏構造が心地好い。
そのうえで本作において大事だったのは、「王道を行く」てらいのなさ、大衆作家としての感性をフルボリュームで発揮することだったのではないか。そこには、観客の知性や理解力を信じ、知的エンターテインメントを世に送り出す勇気も加えられるだろう(特に、反知性主義が幅を利かせる現在のアメリカではなかなかの大事業だ)。初期作ではあえてバカっぽい装いで観客の知性を探るようなところがあったロード&ミラーだが、明らかにそれは知性の裏返しだった。そういう意味で、今回の『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は「逃げも隠れもしない」勝負作だったと言えよう。
マイケル・クライトン原作の『アンドロメダ…』(1971年)を思い出させるような硬派な終末SFの醍醐味まで織り込み、SFファンも唸らせる。だからといって堅苦しさが勝ってはいけない、あくまで観客が感情移入できるドラマにしなければ……という涙ぐましいまでの努力も随所に感じる。





















