『ウィキッド』なぜ日本でもヒット? 『オズの魔法使い』に馴染みが薄くても刺さる理由

『ウィキッド』なぜ日本でもヒット?

“オズ文脈”の翻訳・受容における難しさ

 ただ、冒頭で触れたとおり、日本ではこの“オズの物語の文脈”がアメリカほど浸透していない。実際に、劇団四季版『ウィキッド』のパンフレットでも、「“オズ”が身近にあるアメリカ人と違い、果たしてどれだけの日本人が、散りばめられたオズの要素一つひとつに反応し、最後にすべて回収された時の爽快感を楽しむことができるだろうか。人間の本質を描いたその部分は魅力である反面、翻訳では描き切れない複雑で繊細な表現のため、日本語版(舞台)ではかなり演出で補う必要があった」と記されている。海外で高い人気を保ってきたこの作品が、日本では別の課題と向き合ってきたことがうかがえる。

 海外の観客のように、一つひとつの引用や反転に即座に反応できるとは限らない。だからこそ日本で『ウィキッド』が届くためには、元ネタを知っていることによる快感だけではなく、それを知らなくても受け取れる物語の強さが必要だった。そして実際、今回の映画版の成功は、そのハードルを越えていくだけの強度が備わっていたことの証明でもあるように思う。

 前後編を通して、映画版の見せ場は、まずエルファバとグリンダの関係性そのものに置かれている。孤独で誤解されやすいエルファバと、愛される術を身につけたグリンダ。反発しながら近づき、理解し合えそうでありながら、立場と選択の違いによって決定的に離れていく。前編が強かったのは、この2人のドラマが『オズ』の知識の有無とは別に、友情や憧れ、嫉妬、喪失の物語としてしっかり成立していたからだろう。後編はより『オズの魔法使い』本編へと接近しながらも、「この2人はどうなってしまうのか?」が気になる構造に変わりはない。

 そのうえで後編の巧さは、「カンザスから来た少女」の登場や「黄色いレンガの道」の開通式などを通して、物語の輪郭が少しずつ『オズの魔法使い』へと重なっていくところだ。しかも映画は、固有名詞や設定を説明的に並べるのではなく、人物の配置や画面の情報量によって、その重なりを感覚的に伝えていく。ドロシー本人を前面に押し出しすぎなくても、今起きている出来事が、やがてドロシーたちの旅が始まる世界へと続いていくことはわかる。このさじ加減がうまい。

ブリキ男誕生の衝撃

 そして、その流れの中で特に印象的なのが、魔法をかけられたボックがブリキ男へと変わっていく一連のシーンだろう。ここで映画は、心臓を失い、身体そのものを別のものへ変えられてしまう恐ろしさを、不穏な場面の運びによって先に観客へ味わわせるのである。閉ざされた部屋の中で何が起きているのかはすぐには見えず、彼が苦しむ気配だけが先に伝わってくる。扉が開いたときには、もう元には戻れない。その見せ方は、「ブリキ男の成り立ち」を知識としてなぞるというより、ひとりの人物が取り返しのつかないかたちで変えられてしまったという衝撃を、まず身体感覚として受け取らせるものだった。ここには、他の媒体にはない映像ならではの怖さがある。

 一方で、映画がすべてを均等にわかりやすくしているわけでもない。ボックがやがてブリキ男として現れていく流れは比較的受け取りやすいが、フィエロがかかしになっていたことまで、完全初見で明確に受け取れる観客はそこまで多くないだろう。何が起きたのかは掴み切れなくても、「とにかく彼は生きていた」と受け止めた観客も少なくなかったはずだ。

 だが、この映画はそうした理解の差を抱えたままでも、感情の流れでは観客を置いていかない。そして『ウィキッド 永遠の約束』が日本でも届いた理由は、まさにこの二層の作りにあるのだと思う。

 『オズ』を熟知していなくても、エルファバとグリンダの切実な物語として胸を打つ。その一方で、元ネタを知っていれば何が起きるかを知っているからこそ、映画がそれをどのような画として、どのような感情の運びで見せるのかにも注目したくなる。入口は広く、奥行きは深い。その設計の確かさこそが、『ウィキッド』が日本でも受け入れられた大きな理由だったのではないだろうか。

 『ウィキッド 永遠の約束』は原作を持つ作品ではあるが、古典をそのまま映像化した作品というより、古典的な物語の系譜を別の角度から更新し直した作品として見るほうが近いのかもしれない。最近では『超かぐや姫!』が、古典や昔話をそのままなぞるのではなく、現代の感性や別ジャンルの文法で大胆に組み替えた作品として話題になったが、『ウィキッド』もまた、広く知られた物語の枠組みを借りながら、現代の観客に届く物語として新しく息づかせている作品だと言えるのではないだろうか。

参照
※1. https://wicked-movie.jp/news/in55/
※2. https://wicked-movie.jp/news/in89/

■公開情報
『ウィキッド 永遠の約束』
公開中
出演:シンシア・エリヴォ、アリアナ・グランデ、ジョナサン・ベイリー、イーサン・スレイター、ボーウェン・ヤン、マリッサ・ボーディ、ミシェル・ヨー、ジェフ・ゴールドブラム
日本語吹替版キャスト:高畑充希、清水美依紗、海宝直人、田村芽実、入野自由、kemio、ゆりやんレトリィバァ、塩田朋子、大塚芳忠ほか
日本語吹替版スタッフ:三間雅文(台詞演出)、蔦谷好位置(音楽プロデューサー)、高城奈月子(歌唱指導)、いしわたり淳治(日本語歌詞監修)
監督:ジョン・M・チュウ
脚本:ウィニー・ホルツマン and ウィニー・ホルツマン&デイナ・フォックス
製作:マーク・プラット、デヴィッド・ストーン
原作:ミュージカル劇『ウィキッド』(作詞・作曲:スティーヴン・シュワルツ、脚本:ウィニー・ホルツマン)/ グレゴリー・マグワイアの原作小説に基づく
配給:東宝東和
©Universal Studios. All Rights Reserved.
公式サイト:https://wicked-movie.jp

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