『ばけばけ』はなぜ異色の朝ドラになっているのか “善人”だけにしない物語の特別さ

『ばけばけ』はなぜ異色の朝ドラに?

 久しぶりに怪談ぽい内容だった、朝ドラことNHK連続テレビ小説『ばけばけ』の第21週「カク、ノ、ヒト」(演出:小島東洋)。ヘブン(トミー・バストウ)が勤務している学校が政府の方針によりなくなるかもしれないという噂があった。月給200円がなくなったら、いまの広い家に住めなくなるし、女中も雇えなくなる。だが救いはある。ヘブンには文筆家としての仕事もある。

 本来、ヘブンは教師ではなくジャーナリスト。サブタイトルのように「カク、ノ、ヒト、デス」と自覚を強める。ところが、熊本では彼の作家魂に火をつける題材がない。古き良きものを愛する彼だが、熊本は近代化が進み、古き良きものがなくなっていた。

 なんとかヘブンに頑張って書いてほしいと思ったトキ(髙石あかり)たちは題材探しに励む。すると、呪われているという女性・イセ(芋生悠)と出会う。イセの身の上話はとても悲しいものだった。父母もきょうだいにも先立たれ、それは「人形の墓」を作らなかったからだと周囲から冷たく扱われる。

 家族の不幸が立て続けに起きたとき、人形を身代わりにすることで、不幸を回避しようという考えだったのだろう。それをしなかったイセ。結果、家族を失い天涯孤独になったうえ、呪われていると忌み嫌われる。イセは「弱り目にたたり目」という慣用句を地でいくような人生を送っていたのだ。

 怪談が好きなヘブンだが、迷信を鵜呑みにすることはしない。根拠や実例を知りたがる。迷信によって傷つく人が生まれることを良しとしないようだ。むしろ、期せずして怪談や迷信などの登場人物にならざるを得なかった悲しい体験をした人たちに心を寄せる。

 迷信に論理的に迫るヘブンに対してトキは実体験を試みる。運の悪い人が座ったぬくもりがあるうちにそこに座ると運の悪いのが移るという迷信を聞いて、イセの座ったところに座ってみる。

 これで不運が払われた、これからいいことがあると励まされたイセははじめて微笑む。ヘブンがその行為を讃えると、トキは人助けのためにそうしたわけではなく自分は「ただの呪われたがり」だと言う。かつて清光院で、霊を感じるとゾクゾクすることに快感を覚えていたときのように、好奇心いっぱいで試してみただけということらしい。

 このような物語にはつい、物語における主人公は依代であるというような昔ながらの概念を持ち込んでしまいそうになるものだ。ところが『ばけばけ』は従来の物語論や主人公論から距離をとる。主人公だからといって利他的に生きることはないし、視聴者がこうあるべきと期待することから外れていてもいい、自分のやりたいことをやっていい。それを許可することで物語の主人公としての可能性が開かれるような気がする。

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