韓国ドラマ『プロボノ』が問い続ける無限の可能性 リーガルものの新たな傑作に

『プロボノ』が問い続ける無限の可能性

 『プロボノ』のもうひとつの魅力は、チームを構成するプロボノたちだ。ただ個性的というだけではなく、それぞれが背負う物語の書き込みにより、彼らや彼女たちが私たちを投影した姿となることで大衆の代弁者にもなり得ている。チャン弁護士(ユン・ナム)はあらゆる労働デモに参加した経験を持ち、投獄もされたことがある。血気盛んで悪事を絶対に許さないユ弁護士(ソ・ヘウォン)は校内暴力の被害者で、暴力が怖く人を軽視したくないから声を上げているのだった。野心家に見えるファン弁護士(カン・ヒョンソク)だが、就職浪人として苦しんだことがあった。

 そして主人公のダウィットは、貧しい母子家庭で周囲の助けを得ることができない中、実力だけでは生きていけない世間でのし上がるためにいつしか初心を忘れてしまっている。ダウィットは依頼人を無条件に信頼するパク弁護士が理解できず「何不自由なく育って苦労していないからだ」と口走ったり、彼女の大きな身振り手振りについても、心の中で「うるさいな」と疎ましがる。実は彼女はCODA(ろう者・難聴者の両親を持つ聴者の子ども)で、大きなジェスチャーは両親とのコミュニケーションのためだった。そして両親は以前、信じていた人に裏切られた経験があった。偶然にも仲間たちでパク弁護士の実家へ行き、事実を知ったダウィットが自身の浅薄さに気まずそうにする姿が印象的だ。ダウィットのような人物を主人公に据えることによって、人間とは理解や判断が常に正しいわけではないことや、「もしかしたら自分もこういうことを考えてしまうかもしれない」「気づかないうちに口に出しているのでは」という自身の差別や偏見、価値観の狭さに立ち止まる時間を視聴者にもたらしている。

 また、ドラマの中には私たちの偏見や無理解をあぶり出すポイントが巧みに仕掛けられている。劇中、障がい者や移民への施策に反対する人たちの多くが「私たちも大変」「みんな生活が苦しい」という言葉を口にする。「私たち」「みんな」という言葉は一見フェアかもしれないが、そもそも現在の社会制度で、マイノリティはマジョリティが使う「みんな」と同じスタートラインに立つことができていない。

 また、第5話で描かれた移民女性カヤ(チョン・フェリン)からの離婚調停依頼では、彼女が過去の出産を隠して嫁いだことがダウィットたちの不利となってしまう。幼少期の誘拐と韓国への移住婚の両方で性加害を受け、さらに幼くして出産を余儀なくされる考えられないほどむごたらしい人生を送ってきたカヤを救える法律は、あらゆる法というものが常識や社会通念で形成されてきたがゆえに存在しない。こうして「差別をなくそう」「平等な社会に」と言っていた人々も、「それなら、仕方ない」「みんな大変だから、我慢してもらうしかないよね」と考えることを止めてしまう。だからこそダウィットが言い放った「カヤさんのように常識で考えられない酷い目に遭った人のことを、常識は取りこぼしてしまう」というセリフには、この社会がそもそも平等ではないこと、そしてそんな社会の不寛容に目を瞑らない彼の姿勢が鮮やかに現れていて、実に忘れがたい。

 もちろん、『プロボノ』の展開や結末が解決策のすべてではなく、このドラマこそが正解だとも最適解だとも言いたいわけではない。車椅子少年ガンフンの裁判のとき、理解のない判事と被告側のウ弁護人が車椅子生活を実際に体感する場面がある。意義深い行動である一方、健常者にとってはたった一度の“体験”でしかない。これで障がい者の苦痛を知った気になるのは間違いなわけで、マジョリティの自己満足の域を出ない演出という批判も当然あるだろう。だから、本作を観た方はぜひ「私ならこうする」というふうに自分ごととして考えてみてほしい。答えを出すことだけが正しいのではない。あなたならどうやって、この社会に確かにある誰かの苦痛や困難を分かち合うのか。その問いを提示し続けている『プロボノ』には、無限の可能性と価値を感じるのだ。

参照
※1. https://jp.yna.co.kr/view/PYH20250421024900882
※2. https://kstyle.com/article.ksn?articleNo=2256063

■配信情報
『プロボノ:アナタの正義救います!』
Netflixにて配信中
出演:チョン・ギョンホ、ソ・ジュヨン、イ・ユヨン、ユン・ナムほか
(写真はtvN公式サイトより)

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