『ばけばけ』松野家の不思議な安心感はなぜ? 『おむすび』米田家、『虎に翼』猪爪家と比較

『虎に翼』の猪爪家は、寅子が社会の常識や偏見とぶつかりながら進んでいくうえで、いわば後ろ盾になる家だった。家の中では、娘が意見を言うことが許される。家族同士で言い合いになっても、最後は話し合いで落としどころを探す。父は寅子(伊藤沙莉)の学びたい気持ちを理解しようとし、周囲の反対や世間の目から娘を守る盾になる。猪爪家の居心地の良さは、議論すれば前に進めるという近代的な感覚に支えられていた。
ただ、その居場所は理性でできているぶん、自由とセットで説明も求められる。寅子が自分の道を選ぶほど、なぜそれが正しいのか、なぜそれが必要なのかを言葉で示し続けなければならない。社会の側が厳しいからこそ、家の中でも筋を通すことが大事になる。居場所を守るために、正しさを更新し続ける緊張感がついて回るのだ。

一方で松野家が真逆なのは、トキの怪談好きが「役に立つから」や「合理的だから」といった理由で守られていない点である。誰も説明を求めないし、正当化もしない。だからといって否定もしない。ただ一緒に笑って、怖がって、続きを待つ。理屈抜きで受け止めてもらえる。だからトキは、好きなものを好きと言い切れる。その無条件さが、彼女の“らしさ”の芯を守っている。
松野家は、トキを世の中から守って閉じ込めるための場所ではない。むしろこの家で身につけたのは、世間の基準から少し外れたものを、外れたまま受け入れる感覚だった。だからトキは、やがて異邦人の夫と出会ったときも、外国人だからと線を引くのではなく、同じ温度で向き合うことができる。怪談をきっかけに心が重なっていったのも、松野家の日々の中で「語る」「聞く」「怖がる」「笑う」という時間を大切にしてきたからだ。今、トキは松野家の延長線上で、誰かと一緒に生きるための次の居場所を自分の手で作り直している最中だ。

時代も、暮らしも、家族のかたちも変わっていく。けれど松野家がトキに残したのは、変化に合わせて自分を作り替える技術ではなく、「好きなものを好きと言っていい」という感覚だった。外の世界がどれだけ変わっても、そこだけは揺らがない。トキが自分を見失わずにいられる理由は、この家で育った確かな土台にあるだろう。
■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK






















