『じゃあ、あんたが作ってみろよ』はなぜ名作に? “エンタメの必要課題”に応えた脚本力

『あんたが』はなぜ“名作”に?

 勝男は、会社の後輩・南川(杏花)の「筑前煮、自分で作ってみればいいじゃないですか」という一言に触発されて新たな扉が開いた。麺つゆを「手抜き」だとバカにしていた勝男が、同じく後輩の白崎(前原瑞樹)から「麺つゆって、何からできてるか知ってますか?」と問われたことで、己の傲りに気づいた。

 そして、何事も自分の手足を動かして愚直に実践し、前に進もうとする勝男の姿を目の当たりにした南川も白崎も、勝男に「面倒臭い化石男」というレッテルを貼って「決めつけ」ていたことに気づかされる。

 勝男を「化石男」に育てた根因である父・勝(菅原大吉)と母・陽子(池津祥子)も、息子の変化に少しずつ影響されていく。「The亭主関白」の勝の暴君ぶりに嫌気がしてきて陽子が家出をし、勝男のマンションに押しかける。「100%手作り」を強いてくる勝の抑圧に耐えてきた陽子は、インスタント味噌汁でささやかな復讐をしているのだという。そして自分の中の「譲れない領域」はちゃんと守っているのだと、勝男に打ち明ける。

 勝男は、陽子を追いかけてきた勝が寝床で発した問わず語りに、「そういうふうにしか生きられなかった」父の一面を初めて知る。翌朝勝は、寝たふりをしながら陽子の吐露を聞いて、やがてインスタント味噌汁も「悪くねえな」と言うまでになる。

 家出をして勝男のマンションに滞在中、勝男の好物ゆえ大量に作った春巻きを、たまたま出くわした鮎美にお裾分けした陽子。「メキシカンフェス」で出すフードに悩んでいた鮎美は、その春巻きにヒントを得て「メキシカン春巻き」という画期的なメニューを考えつく。これが(詐欺には遭ってしまうけれど)、鮎美の新たな一歩へのきっかけとなる。

 「主人公の演説が誰かを動かして、物事が一気に好転する」というようなことは起こらない。けれど、現代社会を生きるさまざまな人たちが、悩み、もがきながらもなんとか前を向こうとするアクションが、少しずつ、ゆるやかに、知らず知らずのうちに波及して、寄せては返す。誰もが他者を介して、自分を知っていく。人に働きかけたことが自分に返ってくる。他者の価値観に触れることで、「そういう見方もあったのか」という気づきを得る。

 人はみんな違う。だから自分を押し殺して人に合わせる必要はないし、自分の心に正直に、好きなことをすればいい。だからこそ、他者の「好き」も尊重したい。「決めつけ」や「先入観」を取り払ってお互いにそうしていくことができればいい。その先に真の「自立」や「成熟」がある。こうしたメッセージを、本作は繰り返し発信している。

 どんな種類のドラマでも、映画でも、人間を描く以上、社会を映していないものはほとんどないはずだ。エンタメを通じて、少しでもポジティブなメッセージをより多くの人に届けたいならば、説教臭くなってはいけない。一義的な善悪を押し付けてはいけない。何より、面白くなければならない。『じゃあ、あんたが作ってみろよ』はこの「エンタメの必要課題」を誠実に、かつ至極スマートに実践している。

 本作は、「天然の魚と養殖の魚の妄想」や、勝男がバイブルとする劇中トレンディドラマ『フォーエバーラブは東京で』をはじめ、ドラマならではの仕かけがたっぷりで非常にエンターテインメント性が高い。それでいて、大事な台詞はさりげなく、観る者の心にスッと染みこんでくる。

 脚本家・安藤奎による構成の巧みさが冴え渡っている。帯ドラマを担当するのは初めてだというのが、にわかには信じ難いほどだ。2005年度(第69回)岸田國士戯曲賞を受賞した安藤や、『マイダイアリー』(ABCテレビ・テレビ朝日系)、『わたしの一番最悪なともだち』(NHK総合)などを手がけ、2005年度(第43回)向田邦子賞を受賞した兵藤るりなど、昨今、才気あふれる若手脚本家の活躍が目覚ましい。彼女たちの活躍を見ると、日本のドラマの未来は明るいと思えるし、『じゃあ、あんたが作ってみろよ』が描かんとする「柔軟で豊かなアップデート」が、ドラマ業界にも生まれつつあると感じさせる。

 第9話では、会社の後輩・柳沢(濱尾ノリタカ)からパワハラのかどで訴えられ、謹慎処分となってしまった勝男。その前段で、勝男からリサーチの甘さを指摘された柳沢は「俺がどれだけ時間かけて、どんな思いでこの資料を作ったのか一度でも考えました?」「海老原さんに言ったって無駄だし、わかってもらおうとも思っていません」と勝男に言っていた。第1話冒頭の鮎美の台詞の“再演”だ。

 12月9日に放送される最終回では、勝男はいかにしてこの「コミュニケーションの断絶」を乗り越えるのだろうか。そして、「変わりたい」と願い続け、変わろうとしてきた勝男と鮎美は、どんな答えを見つけるのだろうか。

『じゃあ、あんたが作ってみろよ』の画像

火曜ドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』

谷口菜津子による同名漫画を原作としたロマンスコメディ。「料理を作る」というきっかけを通じて、“当たり前”と思っていたものを見つめ直していく男女を描く。

■放送情報
火曜ドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』
TBS系にて、毎週火曜22:00〜22:57放送
出演:夏帆、竹内涼真、中条あやみ、前原瑞樹、サーヤ(ラランド)、楽駆、杏花
原作:谷口菜津子『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(ぶんか社『comicタント』連載)
脚本:安藤奎
演出:伊東祥宏、福田亮介、尾本克宏
プロデューサー:杉田彩佳、丸山いづみ
編成:関川友理
音楽:金子隆博
主題歌:This is LAST「シェイプシフター」(SDR)
制作:TBSスパークル、TBS
©TBSスパークル/TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/antaga_tbs/
公式X(旧Twitter):@antaga_tbs
公式 Instagram:antaga_tbs
公式TikTok:@antaga_tbs

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