『じゃあ、あんたが作ってみろよ』はなぜ名作に? “エンタメの必要課題”に応えた脚本力

『あんたが』はなぜ“名作”に?

 2025年秋期ドラマでは、漫画原作のドラマ化の幸福な成功例に2つ出会うことができた。『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(TBS系)と『ひらやすみ』(NHK総合)。この2作品、アプローチは違えど「世界にはいろんな人がいて、みんな違う。それでいい」、もう少し大仰に言うならば「価値観の異なる他者を自分の“正義”でジャッジせず、違いを認めて尊重しあう寛容さが世界を救う」という大事なメッセージを発していた。

 さらに、この2作品の原作者である谷口菜津子(『じゃあ、あんたが作ってみろよ』)と真造圭伍(『ひらやすみ』)の2人が夫婦だという事実に驚く。高円寺・阿佐ヶ谷という共に中央線沿線を舞台にした2つのドラマに、高円寺のもつ焼き屋「四文屋」が登場するのも趣深い。変わろうとする勝男(竹内涼真)と鮎美(夏帆)が互いの意外な一面を知って顔がほころんでいる2つぐらい後ろの席で、ヒロト(岡山天音)とヒデキ(吉村界人)が変わらない友情を温めているのではないかと思わせてくれて、楽しい。

 さて、この『じゃあ、あんたが作ってみろよ』。全体のトーンはコミカルでポップなドラマとなっているが、なぜだか時おり胸にズシンときて、目頭の奥がツーンとしてしまう。本作は、「このままじゃダメだ」ともがき、葛藤する人の姿を描いている。自ら変わろうとする人の姿は、美しい。

 主人公・勝男は、「化石男」とあだ名される昭和的価値観に縛られた九州男児だ。しかし「九州男児」という紋切り型の呼び名を誰かにつけること、それ自体をも疑って改めなければいけないと、このドラマを観ていると気づかされるのである。

 「完璧!」という口癖が象徴するように、勝男は何事に対しても「こうあらねばならない」というこだわりが強い。勝男と同棲していた彼女の鮎美は、そんな彼の「価値観の押し付け」への疲弊が積もりに積もっていた。そして、勝男が考える「完璧なシチュエーション」の中でプロポーズしたところで、鮎美は「無理」と言い放つ。ドラマは、このシーンから始まった。

 勝男は鮎美にフラれたことをきっかけに、変わろうとする。厳格な家父長制の家庭で育ち、「男子たるもの厨房に入るべからず」と教えられてきたであろう勝男が、出汁から学んで料理を始める。料理について何も知らなかった勝男が、料理の楽しさと無限のクリエイティビティに気づき、スキルアップしていくシーンが楽しい。

 そればかりか勝男は、料理を通じて自分と向き合っていく。「変わりたい」と願うならば、まずは自分と向き合うことから。これが人間、なかなか怖くてできないものだ。変化には楽しさと同時に、痛みもともなう。痛みを味わいながらもがく勝男の姿が、観る者の心を掴んで離さない。

 はじめは鮎美が作った筑前煮を再現したい一心で料理を始めた勝男だったが、美味しい料理や整った生活環境の陰には、必ず誰かの尽力と下支えがあるのだということを学んでいく。自分以外の人の立場や気持ちを想像することの大切さを、本作は明るくも切々と訴えている。

 そして勝男と別れてからの鮎美もまた自分と向き合い、自らの本当の心の声に耳をふさいで他人軸で生きてきた半生をふり返る。勝男と別れてほどなくして鮎美は、自由で軽やかで、つかみどころのない酒屋の店員・ミナト(青木柚)と付き合い、同棲を始める。

 髪の色を変え、勝男とは正反対のタイプであるミナトと付き合うことで、新しい自分に変わることができたかに見えた鮎美。しかし結局また「選ばれる」ことを望み、「本当はどうしたいか」という自分の心の声のままに生きていないことに気づかされる。さらには、やっと見つけた「いちばんやりたいこと」である「テキーラに合う料理の店」の計画さえも、詐欺に遭って大金と共に泡と消える。でも、今の鮎美はへこたれずに、前を向く。

 勝男と鮎美が自ら望んで変わろうとしたからこそ、今まで見えていなかった事柄に気づき、聞こえてこなかった他者の声が聞こえるようになってくる。2人を囲むさまざまな人々が少しずつ勝男と鮎美に影響を与え、また勝男と鮎美も周囲の人たちにポジティブな影響を与えていく。このドラマはポップでコミカルでありながら、少なからず「社会」というものを描いている。

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