『ヒロアカ』死柄木弔はなぜ共感を誘う? 『ジョーカー』にも通じる現代的ヴィラン像

『ヒロアカ』死柄木弔の現代的ヴィラン像

※本稿は『僕のヒーローアカデミア』のネタバレを含みます。

 『僕のヒーローアカデミア』において、死柄木弔は主人公・緑谷出久の宿敵として描かれてきたキャラクター。現在放送されているTVアニメのFINAL SEASONでは、その壮絶すぎる生育環境にあらためて焦点が当たり、視聴者たちの心を大きく動かした。

 死柄木が体現しているのは、「ヴィランとして生きるしかなかった人間の悲哀」であり、「正しい社会から取りこぼされた人間の憎悪」でもある。そこで本稿では他作品の例も引き合いに出しながら、現代のヴィラン像について検討していきたい。

死柄木弔 キャラクターPV for 僕のヒーローアカデミア FINAL SEASON

 まず前提から説明しておくと、死柄木はヴィラン連合のリーダーを務めた“悪のカリスマ”であり、その目的はヒーロー社会を根底から崩壊させることにあった。ではなぜそうした思想を抱くに至ったのかといえば、幼少期の体験が大きく関わっている。

 死柄木の本来の名前は志村転弧。オールマイトの師匠であるヒーロー・志村菜奈の孫にあたり、幼い頃にはヒーローに純粋な憧れを抱いていたようだ。しかし父の志村弧太朗から「ヒーローの話をしてはならない」というルールを厳しく言い付けられており、それを破った際には虐待に近い扱いを受けていた。

 というのも弧太朗は自分を里子に出した菜奈に対して強い憎しみを抱いており、「ヒーロー願望は不幸の原因にしかならない」「ヒーローは他人を助ける代わりに家族を傷つける」という考えに囚われていた。その感情が家族をヒーローから遠ざけるという行動を招き、暴力的な手段にまで発展したという皮肉がある。

 転弧はそんな父からの暴力に傷つくが、他の家族も彼を助け出そうとはしなかった。そして誰からの愛情も感じられない状況に追い込まれるなか、突如個性「崩壊」が発現し、愛犬の命を意図せず奪ってしまう。

 目の前で個性に巻き込まれた姉や母が落命していったことで、転弧は激しく混乱。さらに自分を止めようとした弧太朗に攻撃を加えられたことで、殺意がはっきりとした形をとる。

 家族を全員失った転弧は、その後1人きりで街を放浪したが、一般人もヒーローも彼に手を差し伸べようとはしなかった。そこにオール・フォー・ワン (AFO)が忍び寄り、憎悪をさらに増幅された結果が死柄木の誕生だった。

 物語の終盤では、実はすべてAFOに仕組まれたことだったと発覚しているが、そこはこの際脇に置いておこう。むしろ重要なのは、“家族からも社会からも見捨てられた”という絶望を一身に引き受けた存在という点だ。

「困った人には誰かが手を差し伸べる」という理想が信じられている社会でありながら、現実では誰も自分を救ってくれなかったという矛盾。これはフィクションの話にかぎらず、現実社会でも誰もが多かれ少なかれ経験していることだと思われる。だからこそ、死柄木の悲劇性に多くの共感が集まるのではないだろうか。

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