『ばけばけ』にも登場『怪談』の史実とは? ヘブンのモデル“小泉八雲”が残した文化

たとえば、八雲の作品の中でもっとも有名な『耳なし芳一』。第1話の冒頭でトキがロウソクの火を挟んで、ヘブンに怪談話を語っていた姿を覚えている人も多いだろう。
あらすじとしては、目の見えない琵琶法師の芳一がある夏の夜、寺にやってきた見知らぬ男に呼び出され、毎晩、平家物語の「壇ノ浦の戦い」を語るように頼まれる。芳一は一心不乱に琵琶をかき鳴らすのだが、不審に思った寺男たちが様子を観に行くと、彼がいたのは鬼火が飛び交う人気のない墓地だった。芳一は平家の怨霊に魅入られていたのだ。
亡霊に取り憑かれていた芳一をなんとか助け出し、彼がまた連れ去られないように住職が全身に経文を書き残すものの、寺に戻ってきた彼の前には再び亡霊が現れる。しかし、住職の言葉を信じて、問いかけには頑なに返事をしない芳一。業を煮やした亡霊は、唯一、経文が書かれていなかった彼の耳を引きちぎって、墓地へと戻っていく。それ以降、彼は「耳なし芳一」として、富と名声を手に入れることになる。
亡霊に取り憑かれる恐怖を描きつつも、芳一が平家の最期を語る寂しさや墓地で一心不乱に琵琶をかき鳴らす可笑しみが潜む物語は、八雲が日本に伝わる口承や説話を愛した理由のひとつである「目には見えない心の在り方」を大切にしていたからこそ生まれたのだろう。

ほかにも、八雲が残そうとした目には見えない美しさや寂しさ、人間の心の弱さが描かれているのが、今も多くの人々に知られている『雪女』だ。雪が降る夜、遭難した巳之吉という若者は、辿り着いた小屋で全身が真っ白な美しい女性と出会う。今夜、見たことは誰にも言わないようにと口止めされて彼女は去っていくが、何年も経ったあと、結婚した妻に当時の不思議な出来事を話してしまう。しかし、その妻の正体こそ、あのとき出会った雪女だったのだ。彼女は約束を破った夫を亡きものにする代わりに、子どもを大切にするようにと言い残して消え去り、二度と姿を現すことはなかった。淡雪のような儚さと刹那の幸せを描いた本作は、日本の自然の美しさや恐怖の裏側にある一抹の寂しさが閉じ込められている。
劇中でも傳(堤真一)が「怪談とは怖いだけじゃなく、寂しいものよのぉ」と口にするシーンがあった。八雲が生涯で最後に出版した『怪談』は、まさに恐怖のなかにも余韻がある物語が多く収録されている。彼が残した作品は“ホラー”ではなく、あくまで“怪談”だと言われる所以だ。
これからドラマが進んでいくにつれて、トキが集めて読み聞かせた怪談を、ヘブンが文学として書き残す場面に遭遇するだろう。ヘブンは英語教師や学者としても優秀だったが、「再話文学」のひとつである怪談を物語として書き残すためには、セツの翻訳による手助けは必要不可欠だった。
本作の海外版のタイトルは「The Ghost Writer’s Wife」。直訳すると「幽霊の話を書いた作家の妻」になるが、妻がゴーストライター(=代作者)であるというダブルミーニングにもなっている。『怪談』もまた、2人の共作と解釈することができるだろう。
これからドラマでも描かれるであろう、トキとヘブンが二人三脚で書き留めた物語。だからこそ、彼らが語り継いでいく怪談を聞く際は、幽霊の存在を恐れるのではなく、ぜひ物語に潜む美しさや寂しさなど、目には見えない心にも耳を傾けてみてほしい。
■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK





















