横浜流星、『べらぼう』を経て役者としてさらなる高みへ 蔦重の顔に刻まれる光と陰

横浜流星、役者としてさらなる高みへ

 NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第43回「裏切りの恋歌」のラスト、蔦重(横浜流星)の打ちひしがれた暗い横顔がすべてを物語っていた。彼にとって失ったものがいかに大切で、かけがえのない存在だったかを思い知らされたシーンだった。

 妻・てい(橋本愛)が授かった待ち望んでいた我が子。そして、実の弟のようにいつもそばにいて、絵師としての成長を見守ってきた歌麿(染谷将太)からの突然の決別宣言。歌麿にとっては、急に思い立ってのことではなく、蔦重との距離感、その関係について思いあぐねての結果だったが、蔦重としては良好な関係が続くことを疑いもしていなかった。

 繊細で、物思いにふけりやすい歌麿にしてみれば、蔦重には自分の本当の気持ち、恋心に気づいてほしいという思いだけでなく、鈍感で気づかない蔦重だからこそ、そのヤキモキした気分もまた恋心を長く持ち続け、心の奥の炎が消えなかったのかもしれない。
 
 蔦重こと蔦屋重三郎は幼い頃に親と生き別れ、江戸の外れの吉原遊廓で引手茶屋を営む駿河屋市右衛門(高橋克実)の養子となった。何も持たない蔦重が女郎たちのために、吉原の町のために何かできないかと知恵を絞り、動き始めた結果、出版物を通して吉原に人を呼ぶことを思いつく。行動力があって、情熱あふれる蔦重はどんな邪魔が入っても諦めない。むしろ、より良いアイデアで切り抜け、さらなる高みを目指す。

 度胸があって物怖じしない蔦重は、自由な発想と想像力を出版の世界で思う存分発揮。戯作者や絵師、狂歌師たちと積極的に交流し、吉原に留まることなく日本橋へと出店して江戸随一の版元となる。蔦重そのものが希望のような存在で、「おもしろくねぇ仕事こそ、おもしろくやんねぇと」と、遊びじゃないことを遊びにする天才的なひらめきがある。

 べらぼうに男前な蔦重を粋に演じる横浜流星。「江戸のメディア王」と評され、周囲を明るく照らすようなエネルギーに満ちた本作のような役柄は、意外にも彼にとって初めての挑戦となる。横浜流星といえば、憂いを帯びた表情、どことなく影のあるキャラクターがぴたりとハマり、直近の出演作でいえば映画『国宝』での大ヒットにより、演技力の高さが知れ渡ったこともあるが、蔦重を演じる上でも丁寧に役と向き合っていることが伝わる。

 商売に関するアンテナは敏感で、先を見通す目もあるのに、目の前にいる相手の恋心に気づかなかったり、肝心なところで鈍感なところがある蔦重。そして、彼の場合は明るいだけではなく、平賀源内(安田顕)や恋川春町(岡山天音)、小田新之助(井之脇海)との悲しく、無念な別れも経験している。

 第37回「地獄に京伝」では、恋川春町が自ら死を選んだことに大きな衝撃を受けた蔦重が、春町を死に追いこむきっかけを作った出版規制と処罰に抗おうとする松平定信(井上
祐貴)に対して、ていは「旦那様は所詮、市井の一本屋に過ぎません。立場の弱い方を救いたい、世を良くしたい。その志は分かりますが、少々己を高く見積り過ぎでは」と、キッパリ伝えた。

 暴走しやすい蔦重に対して冷静、かつ大真面目に本音を伝える妻・ていの存在はありがたいし、最高のパートナーともいえる。それが分かるからこそ、そばで見ている歌磨は一人傷つき、つらさが滲んだのだろう。自分の力で歌磨を「当代一の絵師に」というのは、蔦重の目標であったが、残念ながら驕りであったのかもしれない。

 華やかな江戸のポップカルチャーの先駆け、時代の流れをつくりだし、出版業の中心でつねに新しいことに挑戦し続けた蔦重の光と影を彩る繊細な表情。吉原の(八つの徳を忘れたとされるような)忘八たちに囲まれて、吉原のために何かしたいと勢いよく走り回っていた頃からの眩しいほどの変化と、理不尽な社会との軋轢とジレンマ。

 俳優として、新たな魅力、予想外の表情を見せてくれる横浜流星。本作もいよいよラストスパートに向けて、さらなる盛り上がりが期待されている。助からなかった子どもの命、歌磨との決別という悲劇を蔦重はどう乗り越えることができるのか。第44回「空飛ぶ源内」のサブタイトルが意味することとは? SNSでは、すでにクランクアップの渋めの粋な写真が公開され、話題になっている。年齢を重ねていく蔦重の今後も見届けなくては。

■放送情報
大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』
NHK総合にて、毎週日曜20:00~放送/翌週土曜13:05~再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00~放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15~放送/毎週日曜18:00~再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK

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