『ぼくたちん家』河野英裕Pロングインタビュー ゲイの中年男性を主人公に据えた理由とは

当事者が撮影現場に参加する意義

——過去のメディアの行いを見つめ直すことでもありますね。
河野:とにかく事実確認が欠かせないんですが、報道班の白川くんはリサーチ能力も抜群なので、本当に助かっています。あと、今回は彼自身の希望もあって、現場での監修もお願いしました。たいていのドラマのLGBT監修は、台本チェックまでになると思うんですが、実際の現場で変わってしまうことがある。役者の芝居や監督の演出で間違ったニュアンスが伝わってしまうことが、とても悲しいと彼から言われたんです。芝居のアドバイスをする際も、やっぱり当事者である白川くんの言葉のほうが説得力がありますし、なにより役者さん自身も助かると思うんですよ。そういう意味では、一般的な監修よりも一歩踏み込んで、作品に参加してもらっているかたちですね。白川くんは報道班にも自ら掛け合ってくれたり、調べ物のために国会図書館まで行ってくれたり……。
——公式サイトの「玄一や索のような人のことをもっと知るためのコーナー」(※)というQ&Aも素晴らしいと思いました。当事者のリアルな思いが綴られていて、ほたるちゃんのような若い世代はもちろん、上の世代にも自然と届くような内容になっていますね。
河野:あれも白川くんにお願いしたんです。台本を読んだうえで、当事者として伝えたいことを自由に書いてもらいました。僕は完全にノーチェックで、すべてお任せしています。今後はこうした活動もやっていきたいという白川くんの思いもあって、肩書きがあったほうがいいんじゃないかと話してたところ、彼が提案してきたのが「インクルーシブプロデューサー」なんですよ。
「河野さん、初めてじゃないと思いますよ」
——インクルーシブプロデューサーのような存在が、今後は他局でも求められそうです。
河野:本当はね、そういう役割が必要ないくらい、社会の認識が当たり前になっていくのが理想なんですけどね。いや僕もね、白川くんと話して気づいたことがたくさんあるので、彼がいなかったらダメだったなと改めて思います。たとえば、第1話でほたるが玄一にアイスを買ってもらうシーンがあるんですけど、「キス普通にするんですか?」と聞いてきたほたるに、玄一が「そういうの他の人に聞かないよね」と咎める。その後「だって初めてだからそういう人に会うの」「初めてじゃないんじゃないかなぁ」というやり取りがあるんですが、まさに僕と白川くんの実際の会話なんですよ。彼に話を聞かせてもらったとき、知らないことばかりで「ゲイの人と話すの初めてだから知らなかったな」と言ったら、白川くんから「河野さん、初めてじゃないと思いますよ」と返されたんですね。あの瞬間、これは絶対に台本に入れようと思いました。
——なかなかドキッとするシーンでしたが、まさか本当のやり取りだったとは……!
河野:自分が当事者ではない限り、知らないことだらけですよね。LGBTQに限らず、制作者の中に当事者がいたほうが絶対気づきがあるし、作品にとっても良いことが多いというのは、改めて今回感じました。
及川光博×手越祐也×白鳥玉季の異色トリオ誕生秘話

——個性豊かすぎるキャストの皆さんについても伺います。主人公・玄一を演じる及川光博さんは、意外にも河野さんの作品では初出演で、しかもGP帯ドラマの主演も初めてなんですよね。
河野:さきほどの話にもつながりますが、若い俳優さんと組むことが多かったので、ミッチーさんとご一緒する機会がなかったんですよね。基本的に僕のドラマでは、中年男性ポジションには、だいたい光石研がいる。光石さんには毎回出てもらっていて、僕の中で連続記録に挑戦しているくらいなので(笑)。
——ミッチーならぬ“ミツイッシー”ですね(笑)。及川さんはどちらかというとクールな役の印象が強いので、玄一のような朗らかなキャラクターは意外でしたが。ただ、そのホスピタリティ精神の高さはご本人とも通ずる気がしました。
河野:シリアスな作品をあまり観ないので、クールなミッチーさんを知らなかったんですよ。むしろ僕の中のミッチーさんは、ずっと「ちゃお☆」の人(笑)。玄一はおかしみのある人物なので、最初は芸人さんをキャスティングしようかなと考えていたくらいなんですが、そういえば普段から「ちゃお☆」と言ってる面白い人がいたぞとなって……(笑)。あんなに活躍されているのに、意外と主役のイメージが強くないのもいいなと思いました。
——さらに、相手役が手越祐也さんというのもびっくり仰天なキャスティングでした。河野さんの作品には『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』(日本テレビ系/以下、『マイ☆ボス』)以来約19年ぶり、手越さん自身も約7年ぶりのドラマ出演になります。
河野:ミッチーさんを主役にする以上、相手役は彼と同等、もしくはそれ以上のインパクトがないと戦えないよなと(笑)。じゃあ実際、30代の俳優さんで誰がいるだろうと考えてはみたんですが、素晴らしい俳優さんばかりだけど、なんか違うんだよなぁ……と頭を抱えていたときに、ふとテレビで流れたのが、手越祐也4年ぶりの『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系/以下、『イッテQ!』)で。
——まさかキッカケが『イッテQ!』だったなんて……! これまで見たことのない手越さんの姿をたくさん見ている気がします。
河野:もともと索は、クールである種の落ち着きがあるけど、どこか諦めているキャラクターにしようと思っていたんですよね。そんな索とは真逆を突き進む手越くんが演じてくれて良かったです。
——『マイ☆ボス』のときは、18〜19歳くらいだったと思いますが、30代後半を迎えた今の手越さんと比べて、どのような印象でしたか?
河野:もうあんまり覚えていないんですけど(笑)、『マイ☆ボス』の桜小路くんは、いつもキラキラしてて純粋で元気いっぱいで、いわゆる手越くんのパブリックイメージそのままなキャラクターでしたね。今回は彼も年齢を重ねていて、相変わらず見た目は少年みたいだけど、落ち着いた立派な好青年になっています。番宣も含めて、どんなことにも全力で取り組んでくれるのがありがたい。昔の映画なんですが、『疾走』という作品で役者・手越祐也を知ったんです。いろんなものを背負った陰のある少年役で、主演で。僕の中でそれがとても印象に残っていて、マイボスではキラキラキャラでしたが、もうひとつの彼の本質はそっちの陰の部分にあるんじゃないかと思ってるんです。なにか背負っている感じ。そっちにより強く惹かれるんです。だから今回の索にはぴったりだ、と思ったんです。
——インパクト特大のお二人に挟まれた、ほたる役の白鳥玉季さんも素晴らしいですね。ドラマ好きや映画好きにとっては、画面越しに成長を見守ってきた存在で、「もう15歳か……」としみじみする一方で、まだ15歳なのかと驚きます。
河野:白鳥さんは本当にすごくて、なんだかんだで彼女に目がいってしまう。画面の中でも作品を引っ張ってくれる存在なんですが、現場では普通の15歳なんですよ。まだ知らないこともたくさんあるし、純粋だし。新しいことに驚く彼女を見るたびに、まだ15歳だなと思うんです。でも、いざ芝居が始まると、彼女の目を見ているだけで、物語が成り立つような感じがする。白鳥さんだけが持っている本質的な力なんでしょうね。
——どの作品でも魅力的ですが、『ぼくたちん家』は、白鳥さんの一つの完成型を目撃したような気がしました。今回は満を持しての抜擢だったのでしょうか。
河野:中学3年生のほたるは裏の主役と言えるくらいに重要な役なんですが、彼女を誰に演じてもらうかはかなり悩みました。年齢が上で芝居ができる子にやってもらう選択肢はなかった。ほたると同じ15歳の俳優さんでとにかく探していたら、白鳥さんがぴったり15歳だったんです。
——そんな運命的な出会いが……!
河野:すでに有名な方とは知らず、見つけたときにはもう遅いかもと思っていたんですが、本当にたまたま。たまたま、まだ次の作品を決めていないという情報をキャッチして、すぐに台本を読んでもらいました。「お願いします出てください!」って(笑)。さらに運命的だったのは、ミッチーさんにもほぼ同時期にオファーしたんですよね。そのときに「この女の子(ほたる)が本当に重要だから、お芝居が上手じゃないと厳しいかもしれない」と話していたときに、ミッチーさんから名前が挙がったのが、白鳥さんなんですよ。
テレビドラマの作り手として守るべき“佇まい”

——まさに出会うべくして出会った組み合わせですね。そんな異色(?)トリオが歌う主題歌、THE HIGH-LOWSの「バームクーヘン」も毎回の楽しみになっています。
河野:今回はかわいらしい作品なので、出演者の歌声の中で物語を締めくくりたかったんです。もし歌ってもらえるなら、玄一と索、そしてほたるの3人が良い。彼らのハーモニーに合って、歌詞をフル尺で使えて、この世界観を補完できるメロディと歌詞……と考えていたら、「バームクーヘン」に行き着いて。ブルーハーツの時代から、甲本ヒロトさんは僕にとっての神様で、ドラマの中に彼の歌が常に入ってるんです。今回も半ば無謀にいろんなところへ提案して、最終的に実現しました。
——細部にまで河野さんの集大成を感じますね。3人の歌声が本当に素敵で、毎回最後まで聴いています。
河野:ありがとうございます。たいていのドラマは「流し込み」といって、本編の途中から主題歌をかけるんですが、台詞とかぶったりするのでフルボリュームで流せないから僕は好きじゃなくて。曲の勢いにそのまま乗っかれるメリットもあるんですけど、僕のドラマでは、必ず主題歌をタイトルバックで切り分けるようにしてるんです。
——たしかに! 「青春アミーゴ」も「桃ノ花ビラ」も、他の作品もそうですね。
河野:だけど、あの1分40秒を確保するのは本当に大変なんです。正直、視聴率も落ちやすい。それでも、あの曲と生き物たちの姿でドラマが完成すると思っているので死守してます。
——3人の主題歌をフルで聴きたいのは、視聴者の総意だと思うのでなにとぞ……!
河野:カッコつけてるわけじゃないんですけど、そういう“佇まい”を守ることが、テレビドラマにとって大切だと思うんですよね。これから配信に勝っていくためにも。だからテレビドラマはダメなんだと言われても、あまり気にせず、突っぱねるところはちゃんと突っぱねようと思っています(笑)。
「恋は革命ですよ」はずっと心にあった木皿泉の名セリフ

——本作には印象的なセリフがたくさんあります。その中でも、太宰治『斜陽』から引用した「人間は恋と革命のために生まれてきたのだ」が、セリフを聞いたとき、とても河野さんらしいなと思ったんです。特に“革命”というワードが、世の中の端っこにいる人たちが少しでも世界を変えよう、せめて今よりも良くしようと立ち上がる河野さんの世界観っぽいなと。……もしかして、座右の銘だったりしますか?
河野:ガッカリさせてしまうかもしれないですが(笑)、百瀬の言葉で玄一がハッとするシーンを考えていた際、絶対に強いワードが必要だと思ったんですね。松本さんにも「ここは絶対に強いセリフが必要だからね」と再三伝えていたんですが、なかなかお互い浮かばなくて。困った末に、ネットで恋の名言を調べました。
——思っていたのと全然違いました……!
河野:(笑)。あと、「恋は革命」という木皿泉のセリフがあるんです。『Q10』(日本テレビ系)の第2話で、薬師丸ひろ子さんが「恋は革命ですよ。自分の中の常識がぜーんぶ、ひっくり返っちゃうようなものなの」と言うんですけど、僕はその言葉をずっと覚えていたんですね。今回も玄一の心に火がつくような強い言葉が必要だ。それを木皿さんは「恋は革命」と言っていたけれど、どこで思いついたのだろうかと。なにか代わる言葉がないかと調べていたら、太宰治の言葉が出てきて「これだ!」と。これやるよ、松本さんにドンっと出したら、最初は何回か消されましたが(笑)。
——消されたんですか(笑)。
河野:そういうやりとりを何回も重ねるんですが、最終的にはあのセリフがいいと無事に着地しました。これは松本さんと進める中で面白いと感じる部分なんですけど、その後玄一と百瀬が再会するシーンで、百瀬は『斜陽』を読んでるんですね。そのとき百瀬がまさに、いつもネットで名言を集めてて、お客様にもそれを言っちゃたんです〜みたいなことを言うんですよ。
——松本さんが「恋は革命」の落としどころを探った痕跡が見えますね(笑)。前半でもお話しましたが、百瀬のような若い世代が、玄一みたいな大人に格言を授ける構図も新鮮でした。
河野:キャラクターの相関図を考える際に、20代〜30代の女性をどこに置くか迷ったんです。年齢的に近い存在として、索の女友達が無難かなとも思ったんですが、せっかくなら、主人公に大きな影響を与えるのが若い女性でも面白いんじゃないと。ただ、「人間は恋と革命のために生まれてきたのだ」なんて強い言葉を、今の若い人が言い切れるだろうかという別の難しさもあって。たとえネットで拾った誰かの名言だとしても、あの言葉を言い切るためには、キャラクターにある種のファンタジー性が必要だと思ったんです。それで渋谷さんに託してみました。
20代の脚本家から絞り出た切実な「かすがい」
——たしかに壮大なセリフですが、渋谷さんのほんわかしたお声だからこそ、スッと飲み込めた気がします。あともう一つ、気になるワードといえば「かすがい」です。自分のかすがいを考えるキッカケにもなったんですが、ズバリ、河野さんにとっての“かすがい”はなんですか?
河野:うーん、すごく難しい質問です。なんだろう、どんなことを言えばいいですか?(笑)
——そもそも“かすがい”は、どこから生まれたワードなんですか?
河野:これは松本さんなんですよ。実は最初に「今回は家を買う話をします」と伝えたところ、彼女は全然わからなかったらしいんですね。たしかにね、脚本家になりたくて、ひたすら夢を追いかけてきた20代の若い人にとって、家を買うこと自体がそもそもファンタジーじゃないですか。しかも、50歳のゲイ男性が家を買うなんて、松本さんには想像もできないわけです。どうにかしてその理屈を持ってこなきゃと考えた結果、「家をかすがいに」というセリフが生まれたんでしょうね。彼女の中にかすがい的なものが生まれなければ、この物語を自分の中に落とし込めなかったのかもしれないですね。
——今の20代が絞り出した切実な言葉だったんですね。先ほどの「恋は革命」にも通じますが、幼い頃に観たドラマに憧れつつも、今の自分はそうなれないなと、ある種の気後れのようなものを感じるのはわかります。『すいか』では横領した金額が3億円でしたけど、『ぼくたちん家』では3000万になっていて、そのスケールの違いにも時代を感じました(笑)。
河野:たしかに。『すいか』ではあの共同体がユートピアでしたが、『ぼくたちん家』は小汚いし、ユートピア感はないですね。……あ、僕のかすがいを思い出しました。お酒です。お酒を飲まないことには一日が終わらない。お酒は現実につなぎとめてくれている僕のかすがいです。
ハードルをあげて楽しんでほしい
——予想の斜め上のかすがいでしたが、河野さんの切実な思いを感じました。ありがとうございます。最後にこれからの見どころを教えてください!
河野:回を重ねるごとに、どんどん面白くなってるなと感じます。第1話よりも第2話、第2話よりも第3話、第3話よりも第4話。第9話を書いている今(10月24日時点)も、確実にそう感じます。ぜひ、ハードルを上げて楽しんでください!
——楽しみです! まさにテレビドラマの醍醐味ですね。
河野:そう思います、全部期待しててください!
参照
※ https://www.ntv.co.jp/bokutachinchi/sp/
■放送情報
『ぼくたちん家』
日本テレビ系にて、毎週日曜22:30~放送
出演:及川光博、手越祐也、白鳥玉季、田中直樹、渋谷凪咲、坂井真紀、光石研、麻生久美子
脚本:松本優紀
演出:鯨岡弘識、北川瞳
インクルーシブプロデューサー:白川大介
チーフプロデューサー:松本京子
プロデューサー:河野英裕、西紀州、岡宅真由美
音楽:東川亜希子、神谷洵平
主題歌:「バームクーヘン」
制作協力:AX-ON
©日本テレビ
公式サイト:https://www.ntv.co.jp/bokutachinchi/
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■放送情報
『ぼくたちん家』
日本テレビ系にて、毎週日曜22:30~放送
出演:及川光博、手越祐也、白鳥玉季、田中直樹、渋谷凪咲、坂井真紀、光石研、麻生久美子
脚本:松本優紀、渋谷凪咲、田中直樹
演出:鯨岡弘識、北川瞳
インクルーシブプロデューサー:白川大介
チーフプロデューサー:松本京子
プロデューサー:河野英裕、西紀州、岡宅真由美
音楽:東川亜希子、神谷洵平
主題歌:「バームクーヘン」
制作協力:AX-ON
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