核戦争の恐怖を人間の弱さを描くことで暗示 『ハウス・オブ・ダイナマイト』が示す恐怖

『ハウス・オブ・ダイナマイト』が示す恐怖

 『ハート・ロッカー』(2008年)、『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012年)など、近年はアメリカのポリティカルかつ刺激的な題材で話題を集めている、キャスリン・ビグロー監督。Netflixからリリースされた新作『ハウス・オブ・ダイナマイト』は、その流れを受けた進化版だといえよう。アメリカの国防と大量破壊兵器の脅威、そして東西世界の命運をかけた、これまで以上にスケールの大きな内容だ。

 注目すべきは、それを描く特異な手法。ミサイル攻撃のスリルを映像として表現するのでなく、政府や軍の施設内で事態に対処する人々の反応や行動によって、この“もしも”の恐ろしさや矛盾に満ちた世界の状況を、間接的に可視化させていくのである。ビグロー監督ならではの、タフな状況に挑む人間たちの感情に迫る、ドライともウェットともいえる筆致で、本作『ハウス・オブ・ダイナマイト』は、シリアスかつ大スケールのテーマに挑戦しているのである。

 アメリカ本土に向け発射されたミサイルが着弾するまでの“18分”という、限られた短い時間。アメリカの政府関係者や軍人たちは、ミサイルがどこから放たれたのかも分からぬまま、事態の打開を迫られる。これが核ミサイルだとすれば、そして着弾地点と予想されるシカゴに落ちてしまえば、100万人規模の死傷者が予想され、アメリカがかつて経験したことのない被害が生まれることは必至だ。

 第1幕の舞台となるのは、ホワイトハウスの地下にあるというアメリカ合衆国国家安全保障会議が運営する施設、「シチュエーション・ルーム」。そこでは、第一幕目の中心的視点となる海軍大佐オリヴィア・ウォーカー(レベッカ・ファーガソン)もスーツ姿で勤務している。ホワイトハウスの人員を熟知している彼女は、戦略軍司令官のもとで、文民と軍を調整するポジションといえる役割をこなしている。

 日本と同じく、基本的にシビリアンコントロール(文民統制)が原則となっているアメリカでは、軍による武力、すなわち「暴力装置」の最終的な統制権を、必ず文民(民間出身の政治家や行政官)が持つこととされている。こういった軍の独自判断を防ぐ制御の仕組みは、アメリカ民主主義の根幹といえるものだ。なので、今回のように武力行使が必要となるかもしれない、きわめて深刻な事態には、大統領が最終判断を下す必要が出てくる。そのために、シチュエーション・ルームのはたらきが、必然的に物語の鍵となる。

 “着弾までの18分”をいったん巻き戻し、異なる視点で描かれる第2幕の中心となるのは、リード・ベイカー国防長官(ジャレッド・ハリス)と、国家安全保障問題担当大統領副補佐官のジェイク・バリントン(ガブリエル・バッソ)による“綱引き”だ。最終的な判断は大統領(イドリス・エルバ)に委ねられる。だが国防長官は、続けて発射されるミサイル攻撃の可能性を危惧し、攻撃の可能性を先んじて無力化することを進言。逆に副補佐官のジェイクは、それが引き起こす核戦争を回避するため、反撃してはならないと主張する。

 この構図は、かねてより議論されてきたアメリカの国防問題の縮図といえるものだ。こういった、考えの異なる者のぶつかり合いをさらに小さく圧縮して描いていたのが、通信が絶たれた原子力潜水艦を舞台に、核攻撃を主張する艦長と、押しとどめようとする副艦長の構図を提示した映画『クリムゾン・タイド』(1995年)だった。そこでも、報復合戦によって世界そのものが滅んでしまうことが最大の脅威であると描かれていた。

 第3幕は、ついに最終決定者である大統領の葛藤が中心に描かれる。アメリカへのミサイル攻撃が、ロシア、中国、北朝鮮のどれとも判断がつきかねるなか、通称 「核のフットボール」と呼ばれる、核攻撃や報復を実行するための通信機器・発令手順書が提示される。軍の大統領副官が口頭で説明する手順書に記されているのは、「攻撃パッケージ」なるもの。

 アメリカの核計画は、あらかじめ作られた選択肢からすばやく実行できるようにしてあるという。これが、いわゆる「パッケージ」オプションだ。どの国のどの能力を潰すかが、前もって計画され、定義されている。本作では、3段階の規模の「パッケージ」が大統領に提示される。「レア」、「ミディアム」、「ウェルダン」といった、シリアスなシチュエーションにそぐわない表現も飛び出す。

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