『ばけばけ』はなぜ異質なのか? “言葉にできない感情”と“語り継ぐこと”が映す新しさ

『ばけばけ』が更新する“朝ドラの文法”

 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』が第3週を終えた。本作は明治の松江を舞台に、怪談を愛する一人の女性の人生を丁寧に描き出す物語だ。ヒロイン・トキ(髙石あかり)は、「誰かを救いたい」という祈りのような優しさと、激変する時代に引き裂かれながらも前を向く芯の強さを同時に宿す稀有な存在である。決して、華々しいサクセスストーリーのはじまりではない。むしろトキの物語は、“喪失する”ことから静かに幕を開ける。だが、彼女はその喪失を抱えながら、丁寧に自分の人生を選び直していく。そんなヒロインの姿に、私たちは静かな希望を重ねずにはいられない。

 明治という時代は、日本が急速な西洋化を迫られた過渡期だ。だがそれは、誰もが希望と受け取ったわけではない。『ばけばけ』に描かれるのは、「変化」そのものが“脅威”となった側の視点だ。トキの父・司之介(岡部たかし)は、武士としての誇りを失えぬまま世の流れに取り残された人物。橋の上に佇み、街中で唯一髷を結うその姿は、まさに“立ち尽くす者”の象徴だ。娘のトキは、そんな父を寂しげに見つめている。変化に取り残された人々の戸惑いと孤独は、『らんまん』(2023年度前期)に登場する士族の末裔にも重なる。だが『ばけばけ』は、そこに独自のユーモアと哀愁を溶け込ませ、“時代に取り残された人々”の思いや戸惑いを丁寧にすくい上げていく。

 そんな中でトキは、家の名を守るために婿を取るという現実的な道を選ぼうとする。家計を支えるために女工として働き、工場で不条理に耐えながらも決して自分を卑下することはない。語られない彼女のやさしさと献身は、むしろその“自己主張のなさ”によって際立つ。そんな彼女に転機をもたらすのが、銀二郎(寛一郎)との出会いだった。政略結婚という建前のなかで、怪談をきっかけに近づく心の距離。それはトキにとって、自分の人生をほんの少しだけ自分のために選び取った初めての時間だった。しかし、そのささやかな夢すら叶わぬまま終わってしまう。銀二郎は家の重圧に耐えきれず姿を消し、トキは再び、何も持たない場所へと立ち返る。ここからが、「松野トキ」という一人の女性の物語の、本当の出発点である。

 この構造は、『あまちゃん』(2013年度前期)で描かれたアキと春子の母娘関係や、『カムカムエヴリバディ』(以下、『カムカム』/2021年度後期)の三世代がそれぞれの時代に願いを託し合いながら生きる姿とも似ている。夢は時に一代で完結せず、継承され、あるいは再解釈されながら語り継がれる。トキもまた、親世代の願いや喪失を受け継ぎ、自らの手で再び紡ごうとする存在なのだ。

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